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1. re: 古いものと新しいもの
なんでこの文を書きしまわないの?これはわたしの教科書中の本文だよ! (28)
2. re: 参加绝对唱响
什么台的选秀啊 (四度)
3. re: 古いものと新しいもの
いいですよ、上手だね。 (はんほうおう)

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余暇というものをどう考えたらよいか。

  余暇の問題は、漸次重要な問題になっでいく。なぜなら、科学技術の発展とともに、生産力は向上し、人間の労働時間が短縮するのは、資本主義国と社会主義国とを問わず、科学技術を採用している現代の文明のたどる必然の方法であるからである。むしろこのことは良いことなのである。なぜなら人間が、衣食の心配から解放されて、自由の時間を持つことは、何よりも人間にとって望ましいことだからである。かつて人間にとって、自由な時間は、贅沢以外のものではなかった。なぜなら、人間の大多数が、生存を維持するために労働を余儀なくされているとき、そのような労働に従事しない人間は、それだけで、罪を背負っていたからである。ここでは、閑暇は全く少数の例外者にのみ許される特権であった。元より人間は、今までこのような労働中心主義価値観に生きてきたが、特にこのような価値観を強く持っているのは近代西洋文明であり、日本人が、このような価値観に徹底したのは明治以後であると思う。徳川時代においては労働と同に遊びの価値を評価する視点がまだあった。

  しかし、明治以後日本が西洋文明の採用に踏み切るや否や、日本人は全く労働を唯一の価値とする価値観を持った。なぜなら、日本人が、日本あるいは東洋の文明がヨーロッパ文明に、到底かなわないと判断したのは、ヨーロッパ文明がより強い軍事力とともに、より高い生産力を持つということを洞察した故であった。この日本人の洞察は、誤ってはいない。ヨーロッパの科学文明は、その技術によって生産力を高めようとすることを、その文明の中心原理とする文明であるから。

  日本は、ヨーロッパ諸国の軍事力の圧力の前に到底適しがたい自己を感じるとともに、ヨーロッパの科学技術文明の生み出す生産力に驚嘆したのである。ヨーロッパ文明を移入して、強く豊かな国を作れ、それが過去百年の間の日本の目標であった。こういう目標に自己を集中させた日本は、したがって、ヨーロッパ諸国よりはるかにヨーロッパ的な技術文明を重んじる国となった。科学技術文明は、ヨーロッパにおいて、伝統的な精神文明、特にキリスト教文明との調和の中にあった。しかし日本やアメリカやロシヤのように、遅れて科学技術文明を採用し、性急に近代化を試みる国において、このような調和はあまり問題とされずに、技術文明だけガ性急に移入されたのである。

  このような時代思潮の中にあった明治百年の日本において、三つの価値が、価値の王座に君臨した。一つは勤勉。勤勉は、生産力の向上には、欠くべからざる徳である。しかも、遅れてヨーロッパ文明を採用した日本において、勤勉は二重に重視される。私明治百年の日本人の第一の徳は、やはり勤勉ではなかったかと思う。働け、働け、さらば救われん、それが、明治百年の日本人の信仰であった。

  勤勉の徳によって、われわれが期待するのは、繁栄である。繁栄は明治百年の日本人の大の目標であった。そしてその繁栄というのは、物質の豊かさを意味する。しかも近代人に取って物質は、単なる自然物ではない。多くの人間の意思によって作られた物質なのである。今日、われらの周囲の物質は、ほとんど自然のものではない。われらが今日価値を置く物質、テレビ、自動車、コンピュータ、すべて、われらの意思が作られだし、われわれに奉仕する物質なのである。ここでは,有為的なものが、自然のものより尊ばれる、

  このような勤勉、繁栄の価値と並んで、近代人とって大きな価値は進歩である。だんだんこの世の中が良くなっていく。時とともに人間の知恵は増進してゆき、物質は豊かになり、世の中はだんだん住みやすくなる。それが、近代人の信念というより、信仰でもあった。それゆえ、ここでは変化することが価値であり、スピードが価値であった。変化することが価値であるならば、速度が価値であり、どこへという問いもなく、ただ速く一定の目的に到達することのみが価値とされるである。

  現代の文明は完全に機械の文明である。多くの単純労働において、機械は人間よりはるか多くの能力を発揮することは、すでに十九世紀において明らかになった。そしてやがてふくざつなろうどうすら、機会は人間に代わってすることができるようになった。そして最後に頭脳労働のおいてすら機械は、人間に勝るようになった。それとともに勤勉が絶対の価値であることが否定されるのである。

  なぜなら汗水垂らしい労働より、むしろゆとりを持った自由な思惟が、技術の発明に好都合であることが多いからである。かくして、勤勉は、価値の王座から落ちる、それとともに、繁栄ももはや価値の王座に、君臨することができない。なぜなら、繁栄は、現在、先進的資本主義国にはほぼ実現され始めた価値であるからである。そろそろ過剰になり始めていることである。しかもその繁栄には、自然が犠牲に供されるのである。つまり、自然を自己の意志によって征服することが、ここでは繁栄の条件であるが、このように、人為弐よりいためつけられた自然が、人間に復讐をしないかどうかが問題となってきているのである。

  今日、自然は、その調和を乱しつつある。みだりの山野は、一面に荒れ果て、清流は濁流となり、野生の獣はもちろん鳥や魚や一日一日にすくなる。人間は自然を失って果たして生きることができるかどうかは、甚だ疑問である。公害の問題は、そういう自然破壊の一つの表れであろうが、病はもっと根本的なころにある。

  とすれば進歩の価値も揺るぎ始めているのである。進歩の思想において、未来は現在より良くなるという観念がある。ここでは現在は現在として価値あるのではない。むしろ現在は、未来のために是認されるのである。こういう人間では、われらは、父や母より進歩しているが、われらの子孫はわれらより進歩しているということになる。そういう考え方は、突き詰めれば現在の人生そのものに独自の価値を認めず、現在を未来に従属させていくことになる。

  今日、この勤勉-繁栄ー進歩の価値観が急速に崩れつつある。代わって、遊びー自然ー自由の価値観が、価値として登場してくる。そこでは、一切の労働では離れ、自由で、自然に帰った生活を送ることが、人間の理想となる。こういう考え方が技術文明の先進国であるアメリカにおいて最も強く出始めていることに注意したい。

  勤勉ー繁栄ー進歩の価値観は崩壊しようとしている。それに代わって、遊びー自由ー自然が、新しい価値観として建てられようとしているとしても、なおそのような価値観のみでは今後に人類を指導するのには不十分であろう。なぜならいったん、文明の木の実を食べた人間は,再び、非文明へ逆転することはできないからである。対立する二つの価値観をどのように調和するか、どのように総合するか、そういう工夫の中に新しい文明の原理は見つけ出されると、私は思う。

posted @ 2008-05-31 15:20 HUANGLI1987 阅读(59) | 评论 (0)编辑 收藏
明天奥运圣火就要到南京来了,学校组织我們去观看,还有要保护现场.大家现在都蛮激动的.虽然我們要早上6点多从学校徒步8公里到扬子江大道,但是值得.   期待着~~~~~~^_^
posted @ 2008-05-26 16:19 HUANGLI1987 阅读(26) | 评论 (0)编辑 收藏
 

百匹のアリを二つに仕切った箱の片方にいれ,そこにありの卵の入った巣を置く。仕切りの真ん中にアリが通れる道を作り、全部の卵を反対側に移す。アリには識別できるようにナンバーをつけ、百匹のアリの働きぶりを調べる。

ありは通路を通って移された卵を巣へ戻すように働き始める。とこうろが細かく観察すると、欄をよく働きアリとそうではないアリのいることがわかる。百匹のアリの一匹ずつについて運んだ卵の数を調べたところ、約半分のアリがよく働き、残半分はサボることがわかった。働きアリはラン約八十パーセントを運び、怠けありは全体で二十パーセントしか運んでいなかった。

  実験に使われたアリは、同年齢で遺伝的要素も同じである。年寄りだからサボる、というものあるかもしれないということで、生物学者が同レベルのアリを選んだのである。それでも、これほどの差がはっきり出たのである。

  そこで、今度は働きアリ半分と怠けあり半分を選んで同じ実険を繰り返した。すると、最初の実時に怠けたアリのうちの何割かが、「働き社」に変身しることがわかった。一回目のときには卵を十個しか運ばなかったのに、二回目では四十個も運んだ。

  働きアリが半分いなくなったことは、箱の中にできたアリ社会にとってはエマージェンシーの発生である。怠けありが前と同じようにサボっていれば、アリ社会は崩壊する。そこで、実験者に怠けありと烙印を押されたアリは、状況の変化を敏感に感じ取って働き始めたことになる。

  生物の社会では、遺伝的な要素のほかに社会的な条件が、ここの生体に強い影響を与えることを、この実験を示している。殊に人間の社会では、社会的な条件は重要な要素である。人間は、生体的にも、精神的にもオープンシステムであるから、外との情報の出し入れをすることで初めて生きることが可能になる。

  「あいつは怠け者だ」とか「ちっと仕事をしない奴だ」などという表現は、ビジネスの世界でもよく耳にする。この場合、怠け者のレッテルを貼られた人を取り巻いている環境は省略されている。詰まり、その人はいついかなる場合でも決まって怠けものと見なされてしまいがちである。

  しかし、アリの場合でもわかるように、生命体は、情報の出し入れをやっており、全体のバランスを取ることを自然に身につけているから、いつどんな時でも「絶対的な怠け者」であり続けることはない。職場でも学校でも生命体がオープンシステムであることを知っていれば、人事や学習指導がずいぶん変わってくるだろう。

  オープンシステムというのは、柔軟性のあるのが特徴で、そのために周囲の環境に適応しやすい。外部の変化に最も左右される生命体は人間である。しかし、アリの例でわかるとおり、外部環境の変化に適応する仕掛けは、個体だけでなく集団にも備わっているのである。このようにシステムが全体として機能するがオープンシステムの社会であり、安定した社会といえる。

  人間は、健康を保つために、内部と外部で物質やエネルギーを絶え間ちなく出し入れしている。いわゆる新陳代謝である。代謝機能が常にスムーズに働いていないと、私たちの安定正体は簡単に崩れてしまう。前に述べた排泄もそのひとつである。病気というのは、新陳代謝機能に支えられた微妙な安定が崩れた異常現象ということができる。これがオープンシステムそしての生命体の基本的な特性である。

                                   2008/05/25

posted @ 2008-05-25 15:08 HUANGLI1987 阅读(41) | 评论 (0)编辑 收藏
今天参加绝对唱响了,刚唱了一句,评委就喊下一个.晕!
posted @ 2008-04-27 15:00 HUANGLI1987 阅读(48) | 评论 (1)编辑 收藏
 

古いものと新しいもの

   古田しょうきん

 日本人の生活には、古いものと新し物とが共存しているとよく言われます。洋服を着て働いているかと思えば、和服を着てくつろいているし、みそ汁を飲んでいるかと思えば、そのあとでコーヒーを飲んでいるし、椅子に腰かけているかと思えば、畳に寝そべったりしているのです。

洋風の応接間のすぐとなりのいまにはしょうじがはまっているし、 その障子の外の廊下のガラス戸には、レスのカーテンがかかっています。ざしきには座布団があり、籐椅子があり、火鉢があり、ガスストーブがあり、床には水墨画の掛け軸があり、壁には油絵がかかっているのです。

衣食住のすべてに、古いものと新しいものとが、何の矛盾もなく共存しているといわれるのです。

ある外国の一人の建築家が、日本の近代建築を見て、古いものと新しいものとが、ごちゃ混ぜになっているぶかっこうさに、厳しい批判を下しているのを読みましたが、見ようによっては、確かにおかしなものが、中にはあるといえましょう。 

しかし、古いものと新しいものとを区別して、古いものは後退した物、新しいものは進化したものといったように、この二つのものを分けて考えることが、はたして正しいと言えるでしょうか。篩の野と新しいものが共存し、併存しているが、いったいどうして問題になるのでしょうか。明治維新の際、文明開化の余波を受けて、ペンキ塗りの神社が来たといわれていますが、ペンきぬりの安普請は、この大戦前後の住宅にも見られたことで、その不格好さは、専門の建築でなくても、誰もが気づいていることです。こうした一例からして、新しい建築をどうこう批判するのは、元より適切でないながら、古いものが新しいものを加わり、障子とアルミサッシュとが重ねて使われているからといって、用いようによっては、何の不思議もないはずであります。

古い物は後退し、新しいものは進化し、進化の前には古い物は捨て出られなくてはならないとういうことは、一おい最も原則のようですが、それでは、古いものと言われるものはどのようなものであり、新しいものと言われるものはどのようなものであるかということから、まず話を始めなくてはならないことになるのであります。

なるほど、古いものは後退します。今時油皿に燈心を入れて常夜灯をつけたり、ローソクを使ったりしている人は、いくら風流人でも、ありません。しかし、障子は、少なくとも現在のような形式のものとして、鎌倉時代にすでに存したと言われるように、古ものであるにもかかわらず、それが今日でもなくならないものであることを思うと、古いものは必ず後退するとは限りません。古いものと新しいものとの関係は、古いから無用であり、新しいから有用であり、フルいものはだめで、あたらしいものはかちがあると、いちがいに言い切れるとは限らないのです。つまり、あたらしいものは、ふるいものから進化であるとは断定できないとういうことです。
(好长时间沒打日文字了,再加上这篇课文又蛮难的,有些句子我自己都不懂,所以沒能坚持把文章打完.估计看的人也不会太多吧.)

posted @ 2008-04-26 16:55 HUANGLI1987 阅读(53) | 评论 (2)编辑 收藏
刚刚考完计算机笔试,题目不难,好多都是见过的,但我就是很模糊,不知道能不能過吶!郁闷!但愿及格吧
posted @ 2008-04-12 11:01 HUANGLI1987 阅读(35) | 评论 (0)编辑 收藏
3264×2176
posted @ 2008-04-05 12:33 HUANGLI1987 阅读(50) | 评论 (0)编辑 收藏
四月份就要考计算级二级了,当初头脑一热,就自己报了个名。哪知学校竟没有开培训班,完全要靠自学 。这次真的是完蛋了。
posted @ 2008-03-09 08:34 HUANGLI1987 阅读(53) | 评论 (0)编辑 收藏
 

   

   以前、ヨーロッパを旅行した時、こんな経験をした。観光バスに乗ってあちらこちら見て回った時のことである.わたしはさんさいのまごを抱いていた。バスに乗り合わせた四十人ばかりの乗客はみな外国人だった。子供をかわいがる人たちだと見えて、私のそばを通るときに、孫の顔を見て、にっこり笑ったり、手を振ったり、孫の手を握ったり、あるいは自国の言葉で声をかけたりしてくれる。

  そのうちに、人の中年の婦人が突然孫のほうに顔を寄せて、日本語で「今日は」と言った。意外なことに私はびっくりしてしまった。いかにも人のよさそうな笑顔だった。おそらくその人は日本人に来たことがあるのだろう。日本語を覚えていて、しかも、私たちは日本人であることを知って、わざわざ日本語で挨拶をしてくれたのだろう。私はこういう人たちに大変親しみを感じた。

  こんな時、日本人だったらどうだろうか。知らない人同士バスに乗り合わせたら、互いに挨拶をするだろうか。どちらかと言うと、あまり話をしないのではないかと思われる。殊二私たちみたいな子供連れの外国人がいたら、その人たちに対してどんな態度をとるだろうか。おそらく積極的に声をかける人は少ないだろう。知らない人と話すのは恥ずかしい、面動だなどと大部分の人が思ってしまうのではないか。

  例えば、こんなこともあった。ある日の朝、ホテルの中庭を散歩していたら、年配の夫婦に会った。すれ違う時に、「グッドモーニング」と声をかけられた。私は実は、黙って通り過ぎようと思っていたら、向こうから挨拶をされて、どぎまぎしてしまった。

  むろん何でも外国人のまねをしたほうがいいと考えているわけではないが、出会ったときに、声をかけるのは大事なことだと思われる。黙って頭を下げても、目礼をしても、相手にはこちらの気持ちが伝わるだろう。しかし、言葉を添えたほうがいっそう気持ちが通じるのではないだろうか。朝、出会ったとき、元気な声で「おはようございます」と言えば、相手も気分がいいだろう。感謝をするときに、心をこめて「ありがとうございます」と言えば、相手も喜ぶだろう。言葉は、自分の心を相手に伝えるものである。できるだけはっきりと言葉に出して互いに心を伝え合いたいものである。

posted @ 2008-03-08 08:49 HUANGLI1987 阅读(208) | 评论 (0)编辑 收藏
 

日本人の食生活

  アジアの国々には、昔から食事を主食と副食に分けて考える習慣がある。主食というのは、日常の食事の中心となる食べ物で、普通は穀物である。副食というのは、その穀物とともに食べる肉や魚や野菜などのおかずのことである。日本もこのよう食文化件圏に属しており、多くのアジア諸国と同様、主食は米である。日本人の米食の歴史は古く,すでに弥生時代から始まっていたと言われている。副食の中心は、魚や貝や野菜であった。古くは肉食も言われていたようであるが、奈良時代に仏教が広まってからは、動物の肉を食べることが避けられるようになった。現在のように再び肉が食べられるようになったのは、明治時代に入ってからである。

 日本料理に使う調味料で、重要なのは醤油であろう。中国や東南アジアにも似たものがあることはあるが、豆腐や刺身を食べる時など,かけたりつけたりしてもつかれ、和食になくてはならないものである。味噌も、醤油ほどではないが、味噌汁をはじめにものなどいろいろな料理によく用いられる。もちろん、塩、砂糖,酢、ソース、それに、最近は化学調味料も欠かすことはできない、日本料理は、一般的に、あじがあっさりしているといわれている。東南アジアのスパイスを使った辛い料理や油を使って揚げたいいためたりするものが多い中国料理などと比べと、そのことがよくわかる。新鮮な材料が豊富に手に入る日本では、その材料の持ている味や香りを生かすことが料理の基本なのである。したがって、使う材料の最もおいしい時期を選んで料理をすることが大切であり、また、食卓の料理によって季節を感じるのである。更に、作った料理を入れる器も、料理によって、季節によって、色、形、材質などを考え、合うものを選ぶ。「日本料理は目で食べる」という言葉があるように、ただ味さえよければいいというのではなく、見て楽しむことも大切だと考えられているのである。

戦前までは、多くの家庭が和食中心であったが、戦後、特に昭和30年代からの高度経済成長とともに、食生活はバラエティーに富むようになったと言われる。学校給食の影響もあって、パンが広く食べられるようになり、洋食、中華と、家庭の料理も豊かになり、豚肉、牛肉などの肉類や卵、乳製品なども多く食卓に並べられるようになった。また、大都市では、すし、てんぷら、そばなど和食の店のほかに、中国料理、フランス料理、ロシア料理を始め、イタリア、ドイツ、スペイン、メキシコ、インドなど各国料理看板が見られるようになった。世界の味が手軽に楽しめることは国際化の一つであるといえる。

種類が増えただけでなく、便利にもなった。温室のおかげで、野菜や果物の多くが、一年中いつでも食べられるようになった。また、スーパーへいけば、お湯をかけたり暖めたりするだけですぐ食べられる即席ラアメンなどのインスタント食品や冷凍食品も数多く並んでいる。その上、フライ、てんぷらなどの調理済みの食品の数も増えたし、かって持ち帰り、そのまますぐに食べられる温かい弁当を売る店も盛んになった。更に、フライドチキンやハンバーガーなどをうっているファストフードの店では、待たされることもなく、すぐ温かいものが食べられる。

このように、社会の変化につれて日本人の食生活も多く変わってきているのである。2008/1/18

 

posted @ 2008-03-08 00:58 HUANGLI1987 阅读(135) | 评论 (0)编辑 收藏