実を言うと僕は飛ばし屋で、空を飛ぶような感覚はオープンカーでもなければ感じ取れないと思っている。ハンドルを握ると、道の両側の景色が河のように流れてゆき、視覚上の曲線がスピードを感じさせてくれる。でも車内に縮こまっていては、少なくとも空気を自分のものとして感じ取ることはできない。その点では断然バイクがいい。
道路を飛ばすクルマは詩を書く人に似ている。とくに詩を書く人の状態に近い、と時々思う。
まず、あるイメージがあり、かなり明確な方向が固まり、ゴールもほぼ決まっている。書き始めは緩慢に動き出し、速度を出したり、少し休んだり、イメージの旅は人によってその長さも違う。途中で筆が止まることもある。ところが、イメージが固まっていなかったのに、途中でふと湧いた思いつきから新しいイメージが生まれ、まるで自動車を飛ばすように突然空に舞い上がり、てっぺんまで飛翔することがある。そうなると、書きたかったことがすらすら書ける。思ってもいなかったことまですらすら書ける。「筆底生花」とはまさにこんな状態のことではないだろうか。
『現代漢語詞典』の説明では、「筆底生花」という言葉の語源は、李白が子供の頃に筆の先から花が咲く夢を見、その後才能が開花して天下に名を知られたことによるそうだ。現代に李白が生きていたら、夢など見る必要はない。四輪でもオートバイでも、クルマを飛ばせばきっとその才能が溢れ出すこと請け合いだ。
李白と言えば、母親がみごもったとき、宵の明星(太白星という)が懐に入った夢をみたので、白という名、太白という字がつけられたという。彼は、四十歳をすぎてから、やっと長安のみやこに召されたわけだが、やがて、仙境にあこがれ、有名な廬山など各地を旅し、詩を書きつづけていた。最後にいまの安徽省の李陽氷宅で死んでしまった。楊子江に船を浮かべながら、酒を豪快に飲んだあげく、水に映る月の影をとろうとして溺死したという。時代は異なっているが、李白は生きるという意味において間違いなく唐代の飛ばし屋だったと思う。
彼にはこんな詩句が残っている。「暫伴月将影 行楽須及春」。つまり、月と影とわしの三人で「行楽はかならず及春なるべし」と歌い舞う。虚境という世俗を離れた彼の思いというものは仙人となることであろう。

posted on 2008-09-03 14:48
amao2008 阅读(200)
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