「もはや戦後ではない。われわれは異なった事態に直面しようとしている。回復を通じての成長は終わった。今後の成長は近代化によって、支えられる」と、1958年の<<経済白書>>が指摘したように、日本経済は1950年代後半から、高度成長期に入った。即ち、1955年からの10年間の実質平均成長率は9%、続く1965年からの10年間のそれも8%と、ほぼ4分の1世紀ほどの長期にわたって、日本の経済は世界に冠たる高い成長を続けた。因みに、1955-1973年のアメリカ、イタリアの年平均成長率は3%、前西ドイツ、フランス、イタリアのそれは5%-6%であった。また、1955年には資本主義国第7位であった日本のGDPは、12年後の1967年には第2位となり、かつて「中進国」と言われる日本は、「経済大国」といわれるようになった。
この間、工業生産は著しい拡大を見た。例えば1973年において、ラジオ、テレビ、船舶、商業車の世界のシェアで20%を超え、粗鋼、精銅、亜鉛、紙、レーヨン、合繊、セメントなどが10%を超え、アルミ、ガラス、時計など5%を越えたものも数多い。消費水準も大幅に向上し、実費消費は1955年から1970年までの15年間に2倍となった。その結果、テレビ、冷蔵庫、洗濯機をはじめ、主要な耐久消費財の普及率はほぼ飽和状態となったほか、1949年ごろには、日本では生産は無意味であるとも言われていた乗用車も急速に普及した。
1973年10月に生じた産油国の石油値上げ(第一次石油危機)により、日本経済も減速を余儀なくされた。かくして、さしもの高度成長にも終止符が打たれ、以後、日本の経済は安定成長期へと移行した。1975年から1983年までの実質平均成長率も4%強という水準となっている。だが、経済は沈滞してはおらず、先端技術産業の台頭、サービス経済の拡大など、安定成長にはダイナミックな動きも見られる。
1 1958年の<<経済白書>>には戦後経済の回復について何が指摘されましたか。
2 どのぐらいの期間にわたって、日本経済は世界に冠たる高い成長を続けましたか。
3 1955年には日本の経済は世界で何番目でしたか。
4 工業生産はどう進んでいましたか。具体的な例を挙げてください。
5 何により、日本の経済は安定成長期へと移行しましたか。
摘自《日本纵横100篇》
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posted on 2005-11-10 13:43
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