同僚が今日正式に退職していた、しかし、ビールを飲んでいたのはこのことに全然関係がなかった。僕はね、離れということがもう慣れた、だから、離れの悲しさも薄くなって来た。

 なぜお酒に酔ったのだろうか、別に理由も言えない、ただ飲みたいのだ。会社の前で、何人かの同僚が会って、お酒を飲みに行こうかと誘われて、いいねと思って、すると一緒に行った。人間はね、やることの原因は非常に簡単であって、唯やりたいという理由が十分である、逆に、やっていなかったことに関しては、いろんな理由があった。皆もそうであろうか。例えば、先日泰山に行ったこと、どうして突然泰山に行ったのだろうか、とりわけな理由もなくて、ただ突然に行きたいのだ。やることに対して、ひとつの理由で、さらに理由もなくてもいいではないだろうか、僕は今、そう考えている。

 僕は、5、6歳の時、故郷の人が結婚式を行った場合、白酒も飲み始まったけど、今までお酒に強く言ってもいいし、お酒に弱く言っても間違いない。なぜなら、ビールの1本を飲んでも顔が真っ赤になるけど、100本を飲んでも脳がはっきり自分のことが考えられて、自分は話すべきなこと、やるべきではない事について、ちゃんと分かれる。この点について、自分でも非常に感心している。

 お酒を飲んだら、友達と話したくなる。あるいは何も話したくなくて、無口で横になりたくなった。今晩はね、大学時代の友達とちゃんと話し合った、話したこともほんの気持ちである。

 過去より、未来が重要である。未来より、現在がもっと重要である。そうではないか。