やっとこの間欠けている日記を補足完了した、だけど、このように書いたのは、本当の日記かな。突然中学校の頃日記を書いたことを思い出した、あの時、毎年の冬休みと夏休みの間には、先生がいつも宿題を出してくれていた、担当の先生の国語先生が出した宿題の1つは日記だ。

休みが始まった後、毎日まだまだ時間があると思って、遊びばかりしていて、宿題はちっとも触れていなかった、つい1ヶ月以上の日記とか、数学の練習題とか、全て最後の2、3日に溜まっていた。そこで、慌てて前に出てきた大きな穴を埋め合わせ始めた。食事でも寝る時間でもなくなるほどになった、その散々の体たらくで、いつも母に叱れた。

10数年以後の今になっても、僕はまだ当年の子供みたいで、計画をちゃんと守っていないのだ。まさか10年以上経っても、僕はこの点の上で一歩のみ前に進まなかったのか、どんなに恥ずかしいことか。確かに、時間はお金であるという諺があるが、時間をよく利用しないと、お金どころか、紙の価値にも合っていない。それも、今の僕の状態だ。

戦国の時代、羊を失ってからの修をするなら、まだ間に合うというという物語があるように、僕はただ今時間を失ってから時間を無駄に漏らした檻を修繕している。確かに漏れた時間は惜しかったが、もう掬えない。でも、今からの時間を、ちゃんと利用したらまだ間に合うだろう。