「消えた夫」 (第五回きみまち恋文大賞)佐藤貞子
寒かった冬が過ぎ、暖かい日ざしの初春を迎え、二歳の子供とお腹に八ヵ月の子供を授かってる最中、あなたは突然、
「満州に行って金もうけをしてみたい、きっと迎えにくるから待ってくれ」
と一言の言葉を残して、満州へ行ってしまいましたね。何もわからない私は二一歳、 今日着くか、明日かしらと郵便受けを見ては、届かない手紙を待ち続けましたよ。
あなたが残してくれた弘明、由起子は、日毎可愛らしくなり、
「早くこの子を抱いて下さい」
と神に祈り続けました。
一ヵ月後、待ちに待った一通の手紙が届きました。満州の消印のついた手紙には、
「住所と仕事が決まったらかならず迎えにいくから待ってくれ…」
封筒の裏面に住所と名前がなくても、中の手紙はあなたの書いたもの。かならず迎 えにきて下さると信じて、ただひたすら待ち続けました。
しかしそれっきりあなたからの便りはなく、七年の歳月が流れ、子供も学校に行くまでに成長しました。可愛い 我が子に、
「お父さんは……」
と聞かれても、
「お仕事。今に帰ってくるからね」
と三人で空をながめ、待って待って待ち続けました。
その七年後に、あなたの友人の鈴木さんにばったり会いました。鈴木さんは七年前 のことを話してくれました。
「召集令状がきましたので満州に行きます」
という鈴木さんに、あなたは、
「満州に着いたらこの手紙をポストに入れてくれないか」
と頼んだそうですね。満州の消印だった訳です。
鈴木さんは平謝りに謝られて、あなたが初めて満州に行っていないことが分かりました。
その時の悲しみは絶望のどん底につき落とされたような、再び立ち上がれないほど でした。
あなたを信じて待ち続けていた私は、何と純粋に憂い続けていたのでしょう か。しかし今は、神様をあなたと思い、うらむこともなくなりました。
あれから六〇年の歳月が流れ、子供、孫も結婚し二六人の大家族に恵まれて、健康 で幸せな余生を送っています。
日本のどこかで、あなたが幸せに暮らしておられることを陰ながら祈っております。
posted on 2006-10-22 19:20
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