関西に住む知り合いの詩人から、「生活語」でつづった詩集を送ってもらった。生活語とは耳慣れないが、土地土地の方言をはじめ、俗語や職業語など、暮らしの中で使われる言葉をさすそうだ。北から南まで、121人の詩人の作品を載せている
住在关西的一个诗人朋友,给我送来一本用“生活用语”写的诗集。生活用语这个词不常听到,是指以各地的方言为代表,包括俗语和行业用语等,在生活中使用的语言。诗集里刊载了从南到北121位诗人的作品。
〈此(こん)の家(ち)に嫁いで来んしたとき/まずは 玄関先で/一升ますの湯呑(のみ)の水を飲めんした/此の家の水の飲み始めですんにゃ/一生飲みますという/花嫁の誓いでごぜんす……〉(「敷居またぎ」岡崎純)。北陸は敦賀の言葉だという。共通語に言い換えれば消える、彫りの深い言葉が連なっている
“嫁来这家时/先在玄关/喝了一杯一升的水/从开始喝这家的水开始生活/要喝一辈子/这是新娘的誓言……”(《跨过门槛》冈纯)。据说北陆地区说的是敦贺话。如果换成通用语,语言的意义就会消失,一行行轮廓清晰的语言陈列在眼前。
「(宮崎を)どげんかせんといかん」。宮崎県の東国原知事が叫び続けたお国言葉も、共通語にない魅力を宿していたのだろう。あれよあれよと人口に膾炙(かいしゃ)し、今年の「新語・流行語大賞」に選ばれた
“必须设法给宫崎做些什么”。宫崎县知事东国原不断呼吁的方言,大概也蕴含着一种通用语所没有的魅力吧。这句话一眨眼工夫就成了脍炙人口的语言,入选了今年的“新语流行语大奖”。
24回目になるが、方言が選ばれるのは珍しい。危機感にかられた窮余の言葉が、思いがけず羽ばたいた格好だ。ともあれ、「選ばれたのは地方からの魂の叫びが届いたから」と知事はご満悦だ
今年的“新语流行语大奖”是第24届,但方言入选是很少见的。危机感驱使下的黔驴之语,出人意料地广为流传。无论如何,“这句话之所以入选,是因为来自地方的心灵的呼吁传到了大众的心里”,知事高兴地说。
だが悲しいかな、手持ちのパソコンで変換すると「度源河川(どげんかせん)と移管(いかん)」となる。共通語なら「どうにかしないと行けない」と、ほぼ正しく表示される。機械の中にも、中央と地方の“格差”があるらしい
但悲哀的是,用手头上的电脑把这句话变换成汉字,就是“和度源河川交接”。如果转换成通用语,正确的表述就是“不设法做些什么不行”。即使是在机械里,中央和地方似乎也存在“差距”。
国語学の金田一春彦氏によれば、新来者にも分かるように努めて陰影を消したのが東京語、つまり共通語なのだという。それに収まらない豊かな一語一句を、冒頭の『続現代日本生活語詩集』でしみじみ味わわせてもらった。
根据国语学者金田一春彦,为了使新来者也能听得懂而除去了语言的韵味的,就是东京话,即通用语。他希望人们能在开头的《续现代日本生活语诗集》里深切体会东京话里所没有的丰富的一词一句。
posted on 2007-12-05 11:19
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