火事に鳴らす半鐘は、危険の度合いで鳴らし方が違った。火が遠ければジャーン、ジャーンと間遠にたたく。近づくほどに早鐘となり、いよいよ迫ると、たたく物を半鐘の内側に入れて、かき回すように鳴らしたという
报火警的吊钟,鸣响方式因危险程度而异。如果火灾离得较远,敲打起来就是间隔时间较长地“铛——铛”响。钟声会随火灾的靠近而变得急促,当火灾愈来愈迫近时,就把敲打物放到钟的内侧,像搅拌一样敲钟。
119番を受けた消防職員は、火がどれぐらい迫っていると判断したのだろう。3年前、さいたま市の「ドン・キホーテ浦和花月店」で放火事件があった。その際の通報対応に落ち度があったと、焼死した従業員らの遺族が市を訴えた
接到119报警的消防人员大概是据此判断了火灾的紧迫性吧。3年前,琦玉市的“DON・KIHOUTE浦和花月店”内发生了纵火事件。被烧死的店员家属认为消防局在应对这起火警时存在失职,对市政进行了起诉。
通報は契約社員の女性がした。テープに残る消防の受け答えは、たしかに冗長な印象を受ける。「火が出てんの?」「お宅さんの名前は?」……。筆者には火事を通報した経験はないが、意外にぞんざいな物言いでもある
报警的是一个正式女员工。留在录音带里的消防局的应答,的确给人一种絮絮叨叨的印象。“发生火灾了吗?”“您住宅的名称?”……虽然笔者没有报火警的经验,但这种说法方式草率得让人意外。
避難を勧める言葉もない。女性は身の危険を感じたのだろう。1分49秒後、「すいません。私出ます」と電話を切った。それが最後の言葉になった。録音を聞くと、助かる可能性を刻一刻と消していく秒針の音が、頭の中に響く思いがする
连避难的劝告也没有。报警的女性大概是感觉到自身的危险了吧。1分49秒后,“对不起。我得出去了”,电话挂断了。这句话成了最后的遗言。一听录音,就感到脑海里回响起滴滴答答的秒针声,一秒秒地磨灭了获救的可能性。
米国の9・11テロで出動した消防士から、「我々はハートが二つある」と聞いたことがある。早鐘のように自らを鼓舞する心臓と、冷静に平脈を保つそれだ。問題のやり取りは、プロらしい平静を保った対応なのか、それとも緊張を欠いていたのか
曾从美国9・11恐怖袭击里出警的消防员那里听到过“我们有两颗心”的话。像急促的钟声一样鼓舞自己的心脏,和冷静地保持平静的心脏。成为人们关注焦点的那段对答,究竟是为了保持专业人员一样的冷静,还是因为缺乏紧张感呢?
119番の対応に、全国的な基準はないという。折から火事の多い季節である。万一の通報のときは、わが身第一と心得たい。通報を受ける側も、「危急の半鐘」を聞き分けるプロの耳を澄ましてほしい。
据说119的接警电话,没有全国性的标准。现在正好是火灾频发的季节。在遇到万一要报警时,希望能明白自己的生命是第一位的。希望接到报警的一方,也能具有职业素养,侧耳倾听出“危机的警鸣”。
posted on 2007-12-19 11:02
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