「暖鳥」という冬の季語がある。「ぬくめどり」と読む。(たか)は寒夜、小さな鳥をつかまえ、その体温でおのが冷えた足を暖める。夜が明けると逃がしてやり、数日はその鳥を狙わないという

暖鸟这样一个冬季季语。读作“NUKUMEDORI”。据说,老鹰在寒冷的夜晚捕捉小鸟,用小鸟的体温来温暖自己冻僵的爪子。天一亮就让小鸟逃走,接连几天都不抓这只鸟。

そういう生態があるのか、幻想から生まれた語り伝えか、おそらくは後者だろう。「吹きさらしの山で鳥も寒かろうよ」と冬の夜、冷えた自分の足をさすりながら物語を紡いだ古人の姿が浮かんでくる

究竟是真有这样一种生态呢,还是人们幻想出来的传说呢?大概是后者吧。在风吹雨打的山野上,鸟也会很冷吧”——冬夜,古人一边摩擦自己冰冷的脚一边写故事的景象浮现在眼前。

床暖房と電気毛布の夜では、「暖鳥」のような言葉は生まれにくいのかも知れない。自分の感じた寒さから他者を思いやる。季節感は心の働きと深く結びついているらしい

有地热和电热毯取暖的夜晚,像暖鸟这样的语言也许很难诞生。因为自己感觉到寒冷,才会体谅到他人。季节感似乎是和内心活动紧密联系在一起的。

季節感が失われていくなかで季節とともに生きるリズムを取り戻そうと、本紙朝刊「四季」欄の俳人、長谷川(かい)さんが発起人となってNPO法人「季語と歳時記の会」が発足するという。歳時記のインターネット検索サービスや歳時記検定などを予定している

在季节感逐渐缺失中找回与季节一起生活的节奏吧——NPO法人季语和岁时记会本报早刊《四季》栏目的俳人长谷川棹发起下成立了。准备进行岁时记的网络搜索服务和岁时记审查等。

「氷雨」が夏の部であったり、「花野」が秋の部であったり、季語も一筋縄ではいかない。季節を楽しく学ぶことで、人の歩みがほんのすこし緩やかになり、道端の草や電線の鳥に向けるまなざしがほんのすこし優しくなればいい

冰雨是夏季季语,花野是秋季季语,季语太普通的话也不行。如果快乐地学习季节能稍稍放慢人们的脚步,让人们投向路边的小草和电线上的小鸟的目光变得稍稍温柔一些就好了。

何日かすれば節分、明けて立春、暦の上の春も遠くない。北国で雪空を仰ぐ人の胸にも、「春隣(はるとなり)」という季語が浮かぶころである。

再过几天就是节分,天一亮就是立春,日历上的春天也不远了。现在,是在北国仰望雪空的人心中浮现出春邻这一季语的时节。

posted on 2008-01-30 16:53 照照坊主 阅读(78) 评论(0)  编辑  收藏 所属分类: 编辑手帐 网摘收藏

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