昭和5年(1930年)の秋も深まった11月21日、大阪の街で、「吉兆」はのれんを揚げた。10人で席が埋まるほどの店である。冷え込んだのだろうか。最初のお客は、銭湯帰りに湯豆腐で一杯やった人だったという
昭和5年,深秋的11月21日,在大坂街,“吉兆”正开门迎客。这是个仅能容纳10人的小店,据说最初的客人是洗完澡回去时点一杯汤豆腐。
はじめのうちは閑古鳥が鳴いた。主の湯木貞一(ゆきていいち)さんの妻は、何度もお稲荷【いなり】様に願を掛けた。厳しさにぶつかりながらも湯木さんは、自分の店で料理が出来ることを、「なんと幸せだろう」とかみしめていたそうだ(『吉兆 湯木貞一のゆめ』朝日新聞社)
开业初期生意萧条。店主湯木貞一的妻子,多次向五谷神祈祷。虽然面临严峻形式,湯木先生还是享受着在自己的店里做料理这件事,说“这是多么幸福啊。”
閑古鳥が鳴く [環境が]闲静;寂静;[商売が]冷落; 萧条
日本料理に打ち込んだ先代の生涯は、つとに知られている。吉兆を指折りの料亭【りょうてい】に育て、料理界で初の文化功労者に選ばれた。晩年には「商売はお金より、いいお客に恵まれることの方が大事だ」と話していた
投身日本料理的老一辈的一生,早就为人所知。因把吉兆培养成屈指可数的日式酒家,在料理界被选举为最初的文化功臣。他晚年的时候说“经商,比起赚钱,受到顾客的光临关照才是重要的事。”
そんな遺訓など忘れたかのような、「船場吉兆」の醜態 【しゅうたい】である。偽装表示はむろんだが、「現場の独断」でやったと、パートの女性らに責任を押しつけようとした疑いも浮かんでいる。彼女らは記者会見をして、涙まじりに「違う」と訴えた
如同把这样的遗训遗忘的,是「船場吉兆」的丑态。且先不说伪造标识,“现场独断”发生后,把责任推给打工女性的嫌疑也浮出水面。这些女工在面对记者时,声泪俱下的控诉说“不是这样的。”
一昨日、とうとう捜査の手が入った。信用をえぐった深い傷は、容易には消えまい。「結構な老舗(しにせ)の身代を譲り受けながら、奢(おご)りなどで身上(しんしょう)を絶やすのは、盗人【ぬすびと】 の百倍の罪にあたる」。江戸時代の商い【あきない】には、そうした戒め【いましめ】があったと聞く
昨日,终于开始着手搜查。危及信誉的重伤,是不会轻易消失。“一边继承着优良老字号的财产,极尽奢侈使产业断送在自己手上,相当与盗窃之罪的百倍。”听说在江户时代的商业,就有这样的训诫之言。
戒めは、家業は先祖からの預かり物ながら、世間からの預かり物でもある、というモラルに根ざしていたそうだ。いまで言えば、企業の社会的責務【せきむ】 ということだろう。軽んじたツケの小さかろうはずはない。
据说戒言扎根于这样的道德理念“它既是家业先祖传下来的遗产,也是世间流传下来的遗产。”现在说来,就是企业的社会责任饿义务。不容轻视。
posted on 2007-11-18 22:28
茶靡 阅读(45)
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