日本は地震が多いことで知られている。しかも周りを海に囲まれているから、昔から地震が起きるたびに津波の被害を受けてきた。地震の後には津波がきること、またその恐ろしさは、小学生でもしっている。地震と津波は切り離せない。だから遠い国で起きた地震でもからなず、テレビやラジオは津波が日本に到達するかどうかという情報を流す。津波という日本語が、世界中の国国でそのまま つなみ として使われるほど、日本は地震や津波に襲われている国なのだ。
2004年12月にきたスマトラ沖の地震で、インドネシア、タイ、スリランカなど沿岸地域の広い範囲に大津波が押し寄せた。多くの建物が破壊されて、死者は28万人にも上ったともいわれ、行方がわからない人も膨大な数になった。その地域の住民だけでなく、休暇を楽しんでいた外国の人々巻き込まれ、津波の恐ろしさを世界中に知らせることになった。
どうしてこれほど被害が広がったのだろうか。どうして早くにげなかったのだろうか。海岸から波が引いたとき、すぐ逃げれば助かったかもしれない。しかし現実には子供を含む大変の人たちが波が引いた後に取り残された魚を捕ろうと反対に海に向かって言ったらしい。
実際には彼らがすぐに逃げたとしても間に合わなかったかもしれない。津波のスピードは考えたよりも速いそうだ。スピードは深さに関係している。海の深いところほど速く、深さ4000mだと時速800km、2000mだと時速500kmほどになるそうだ。陸に近づくと浅くなるので時速は30kmほどになるようだ。しかし速度は遅くなるが今度は泥や石巻き込むので強い力おとろえない。その破壊力から逃げるのはむずかしい。
その上被害にあった地域の人々は、津波の存在すら知らなかったようだ。津波の恐ろしさを知っていた少数のものが津波だ。はやくにげろ。と呼んでも、その意味すら理解できなかったようだ。そして海から迫ってくる大波を見て初めてその重大さに気づき逃げ出した。しかし既に手遅れだった。
ところがある村では同じように津波の被害で家を失いながら、死んだ人は一人もいなかった。海の数が引いていくのを見た村人は、全員丘に非難して無事だったのだ。なぜその村の人だけが避難できたのか。その村には海の水が引いたときはなんが何でも高いところに逃げろという昔からの言い伝えがあった。村人はなぜ奏しなければならないのかよくわからなかったらしいが、昔から伝わった教えとおりに行動した。津波が来て村が破壊されるのを見た彼らは祖先に深く感謝したことだろう。
津波の警報が出れていたら、あるいは津波の恐ろしさを多くの人々が知っていれば、今回のように多くの被害者を出さずにすんでのではないだろうか。そのためには日本のように津波の観測体制を整備することや国際協力による情報の共有化などが必要だ。
posted on 2008-08-25 10:12
crystalixu 阅读(59)
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