2008-03-23 天声人语 樱花饼文化

觉得今天的这篇文章很难啊. 不关是在日语方面,真的想要翻好的话,在文学方面也要有一定的功底才好.

有几个难点,大家讨论一下吧.
1. それでいて、開花宣言にも負けない鮮烈な季節感がみなぎる。
2. 桜葉の芳香に酔い、やれ関東だ、いや関西だと言い合える日々をまず大切にしたい。

特别是最后一句,感觉很难....:'(





あんを薄皮で巻く関東流と、つぶつぶの道明寺粉でくるむ関西風。どちらの桜餅にも欠かせない塩漬けの桜葉は、ほとんどが伊豆の大島桜だという。国内産と聞いてホッとするご時世である
无论是皮薄馅好的关东派,还是大粒道明寺粉卷着的关西风味,哪一个樱花饼都都不开腌渍好的樱花叶。而这种樱花叶大都是伊豆的大岛樱花。在现在的这种环境下,当听到这种樱花叶是国内出产的时候,不由得让人松了口气。

▼葉の移り香、生地の舌ざわり、あんの甘み。それぞれ、こちらに味わうという心構えがなければ、五感をすり抜けそうな淡さだ。それでいて、開花宣言にも負けない鮮烈な季節感がみなぎる。〈花の日に先んじてこそさくら餅〉丸山海道
樱花叶的清香,原汁原味的舌头触感,还有馅的甘甜,如果没有认真的品尝的心情,也只不过就是稍微超出味觉一点的那种淡淡的味道而已,而不会感受到樱花饼中实际充满着那种不愿输给盛开的樱花的鲜亮的时令感。丸山海道说,正是因为樱花饼早于花期才会倍受欢迎。


▼銀座百店会の冊子「銀座百点」3月号で、食の書き手たちが和菓子について語り合っている。君島佐和子さんは「和」のおいしさを「主張してくるのではなく、迎えにいかなくては分からない」と表現していた
银座百店会的宣传小册子《银座面点》3月刊上,食谱专栏的作家们谈论了不少关于日式点心的话题。君島佐和子就日式的美味写道“日式的特点就在于不是其主张什么,如果不去主动迎合尝试是不会明白的”。


▼それを、平松洋子さんが「気候や風土、文化や美意識と不即不離」と受け、岸朝子さんが「和菓子の文化は奥深い。どんな入り口からでもいいからまず入って」とまとめた
平松洋子表示认同:“这是和日本的气候,风土,文化以及审美意识密不可分的。” 岸朝子总结说“日式糕点的文化是很源远流长。不管从哪个角度都可以,但首先你要进入这一世界”。


▼予期せぬ「入り口」もある。戦争末期、都心にある虎屋の倉庫が空襲で焼け、軍に納めるはずのようかんが焦土に甘いにおいを放った。焼け出された人々は、店の許しを得て銀紙に包まれたお宝を掘り出し、湯気が立つのを泣きつ笑いつ、むさぼったという(黒川光博『虎屋 和菓子と歩んだ五百年』)
但是也有曾经没有预料到的“进入”。二战末期,位于市中心的虎屋的仓库在空袭中被烧毁,本应供给军队的羊羹虽然被烧的好象焦土一样,但仍散发出非常香甜的味道。幸存的人们在得到店家的许可后,挖出这些用银纸包着的宝贝,在烟雾缭绕中又哭又笑,非常贪心的样子。


▼砂糖の配給は途絶えて久しく、味わうどころではなかったろう。和菓子を存分に楽しむには、うまさを迎えにいけるだけのゆとりが心身に要る。桜葉の芳香に酔い、やれ関東だ、いや関西だと言い合える日々をまず大切にしたい。平和の「和」でもある。
这是因为在砂糖的配给断绝后,又可以品尝到糖的味道了吧。欣赏日式点心,要有非常喜欢甜味的心情和闲暇。沉醉于樱花叶的芳香, 是关东,还是关西的那些争论的日子也是非常的珍贵的。和式点心的和,也是和平的和啊.
posted @ 2008-03-23 12:59 dolphin 阅读(32) 评论(1)  编辑  收藏 网摘收藏

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#1楼 [楼主]2008-03-23 21:04 | dolphin
By woshiok:

あんを薄皮で巻く関東流と、つぶつぶの道明寺粉でくるむ関西風。どちらの桜餅にも欠かせない塩漬けの桜葉は、ほとんどが伊豆の大島桜だという。国内産と聞いてホッとするご時世である
樱花饼分为关东式和关西式:关东式的是用薄皮包馅,关西式的是外面裹上一层沙沙的道明寺粉(糯米蒸好后晒干而成)。无论是关西式还是关东式,樱花饼都需要腌泡的樱花叶,而这樱花叶基本上都是伊豆产的大岛叶。这年头,大伙听到国内生产的安能放心啊。


▼葉の移り香、生地の舌ざわり、あんの甘み。それぞれ、こちらに味わうという心構えがなければ、五感をすり抜けそうな淡さだ。それでいて、開花宣言にも負けない鮮烈な季節感がみなぎる。〈花の日に先んじてこそさくら餅〉丸山海道

叶的清香、皮的口感、馅的香甜,如果不一一用心去体味,那么吃起来就只觉清淡,而无视觉、听觉、触觉、味觉、嗅觉等“五感”可言。但是即便如此,樱花饼给人带来强烈的春天气息,这绝不亚于花开报春。

▼銀座百店会の冊子「銀座百点」3月号で、食の書き手たちが和菓子について語り合っている。君島佐和子さんは「和」のおいしさを「主張してくるのではなく、迎えにいかなくては分からない」と表現していた

银座百店会的宣传册子〈银座百点〉3月刊里,美食家们对和(日)式点心进行评论。君岛佐和子认为和式点心的美味 “不是积极地表现出来,人们如果不主动去迎合就无法明白。”
▼それを、平松洋子さんが「気候や風土、文化や美意識と不即不離」と受け、岸朝子さんが「和菓子の文化は奥深い。どんな入り口からでもいいからまず入って」とまとめた
岸朝子

对此,平松洋子解释为“它和日本的气候、风土以及美的意识分不开”,而岸朝子总结为“和式点心蕴涵的文化博大精深。无论从哪个入口进去都可以,总之先进去再说。”

▼予期せぬ「入り口」もある。戦争末期、都心にある虎屋の倉庫が空襲で焼け、軍に納めるはずのようかんが焦土に甘いにおいを放った。焼け出された人々は、店の許しを得て銀紙に包まれたお宝を掘り出し、湯気が立つのを泣きつ笑いつ、むさぼったという(黒川光博『虎屋 和菓子と歩んだ五百年』)
这里面也有出乎意料的“入口”。据传战争即将结束之时,东京一家虎屋的仓库遭空袭后发生火灾,本该上缴军队的羊羹在废墟中香气四溢。房屋被烧、无处容身的百姓得到该店的允许后,去掏废墟中那些用银纸包裹的“宝”。大家手捧着热气腾腾的羊羹,又是哭又是笑,狼吞虎咽地吃着。(黑川光博〈虎屋 和日式点心一起走过的500年〉)

▼砂糖の配給は途絶えて久しく、味わうどころではなかったろう。和菓子を存分に楽しむには、うまさを迎えにいけるだけのゆとりが心身に要る。桜葉の芳香に酔い、やれ関東だ、いや関西だと言い合える日々をまず大切にしたい。平和の「和」でもある。

对于这些百姓来说,砂糖的供应早就中断很长时间了,能吃上这羊羹,哪会去慢慢体会其中香甜啊?所以说,想尽情享受和式点心,需要能迎合这美味的全身心的放松。我首先想到的就是要珍惜这能沉醉在樱花叶的芳香里,对樱花饼是关东风还是关西风评头论足的日子。这“和”也是和平的“和”啊。


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