「黄金の三角」といえば、インドシナ半島の麻薬密造地帯をさす。ことほど左様に、美しい言葉が美しい事物を表すとは限らない。字句の美しさゆえに、現実の醜さが際立つこともある
所谓的【金三角地区】,指的是印度支那半岛的毒品秘密制造区域。正如刚才一样,美丽的语言并不一定所指都是美丽的事物。正因为字句的美丽,反而衬托出了现实的丑陋。
1938年の晩秋、ドイツ全土でユダヤ人街が襲われ、多くの死傷者が出た。路上に砕け積もったガラスのきらめきから「クリスタル・ナハト(水晶の夜)」の名で現代史に刻まれる。ナチスが扇動した事件から、今夜で丸70年になる
1938年的深秋,在德国全国的犹太人都受到袭击,出现了许多死伤者。道路上面堆积的破碎玻璃闪闪发光,就以【水晶之夜】之名被留在了现代历史上。纳粹鼓动的这一事件,到今晚为止已经整整70年了
以後、ユダヤ人迫害は強制収容へと加速していく。ドイツが侵攻したポーランドのユダヤ人350万人の一部は北に逃れ、40年の夏、リトアニアに達した。赴任中の外交官、杉原千畝(ちうね)が彼らに大量の日本通過ビザを発給し、6千人の命を救った話はよく知られる
之后,对犹太人的迫害以强制收容方式开始加速。德国入侵的波兰,350万的犹太人中的一部分开始向北逃难,1940年的夏天终于到达了立陶宛。众所周知,上任中的外交官,杉原千畝给这些难民发放了许多通往日本的签证,拯救了6千人的性命的故事
妻の幸子(ゆきこ)さんは、領事館に押し寄せた難民に驚く長男とのやりとりを、自著に残した。「あの人たち何しにきたの?」「悪い人に捕まって殺されるので助けてくださいって言ってきたのよ」「パパが助けてあげるの?」。一瞬、言葉に詰まり「そうですよ」
作为妻子的幸子在自己的著作中记述下了,与对涌向领事馆的难民极为震惊的长子的一段对话。【那些人为什么涌过来?】【因为会被坏人抓住然后杀掉,所以过来求助于我们】【爸爸会帮助他们吗?】突然语塞【会吧】
リトアニアはソ連に併合され、領事館は閉鎖を迫られていた。千畝は撤収までのひと月、東京の命に背いて手書きのビザを出し続ける。痛くて動かない腕を幸子さんがもんでいるうち、眠りこける日々だったという
立陶宛被苏联吞并了之后,领事馆也被迫关闭了。千畝在撤离前的一个月,违背东京的命令还在不断发放手写的签证。据说,每天只能依靠幸子的按摩痛得不能动弹的胳膊才能熟睡
86年に他界した千畝。愛妻家としては、天国での単身もそろそろ限界だったに違いない。先月、幸子さんが94歳で召された。お別れの会がきょう、東京の青山葬儀所である。その勇気と、あの狂気に、思いを致す一日としたい。
千畝于1986年去世。作为模范丈夫,在天堂一个人的日子肯定也快要到结束了吧。上个月,幸子去世终年94岁。遗体告别会在今天东京的青山殡仪馆举行。想要有如此的勇气和疯狂做自己所想事情的一天。
PS
感冒了,上吐下泻。。。
一个人在国外感冒实在是件痛苦的事啊
posted @ 2008-11-09 17:11
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