父と言えば、まじめで決断力のある人だと思います。父は裸一貫から身を起こして、この薬屋を創りました。小さい時、父のまじめな印象は深く残っています。父は厳しすぎて、ちょっと怖かったような気がします。だから、父と私のコミュニケーションが少なかったんです。でも、成長するとともに、私は父のことを見直しました。私の心の中に、素敵な父がいます。父の考え、見方、人生観など、私はずっと父のことを敬服しています。
高校の時、私は父に聞きました。「お父さん、どうしてそんなにたくさんのお金がかかって、姉さんに大学を通わせているの。そんなにたくさんのお金はどうやったら、何年を経ったら、稼ぐことができるの?」父は「大学生と農民の違いは何だと思う?」と言ってくれました。「知識だよ。知識を頼りにして自分の修養を積むことができて、自分の人生を変えることができる。分かる?」このシーンは今でも忘れられません。
高校の三年生の時、私はいつも頭が痛かったです。食べる時でも、寝る時でも、勉強する時でも、頭が痛かったんです。それで、父は車で私を連れて黄岡の病院へ行きました。「黄岡」という所は私たちの県城です。CT をして、診断書を待っていた時に、父と私は街をぶらぶら歩きました。その時、父は初めて私の手をずっと強く繋いだり、歩いたりしました。なんとなく幸せな気がします。
私は家でたまに父とテレビを見ます。スポーツ番組とか、中央テレビの経済チャンネルの番組とか、二人が一緒に見たり、検討したりします。その雰囲気が好きですよ。たまに、父は私たちに彼の人生経験を伝えてくれて、間違ったことをもう二度としないでほしいって言いました。
父は私のことを小さな子供のように思わなくなりました。大学に入った後で、父が私のことを尋ねないで、自分のことを自分でやって、それは基本です。私を信じてくれている父がいるから、私は自立した女の人になりました。試験のことでも、生活のことでも、全部のことを自分で決まります。辛いことがあっても、悲しいことがあっても、全部両親に話しません。そういうふうに、もうこんな生活に慣れました。でも、たまにちょっと寂しいなあと感じていましたね。ある時、未来の考えについてちょっと相談に乗りたい時、父はただ「そのことを自分で考えていいです。パパは応援するよ。」と言ってくれました。何とも言えない寂しさですよね。
でも、父はただ私たちに自分の人生を作らせたがっています。それは分かっています。人生というものは、なかなかできないんですよね。急いで幸せになろうとしても、うまくいけません。だから、自分の人生は一歩一歩で生きていきましょう。
「父さん、あなたが私自慢の父さんですよ。父さん、ありがとう。」
网摘收藏posted on 2008-08-06 20:17
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