悠哉の背中を見ながら立ち尽くす。
悠哉は廊下の角を曲がり、アタシの視界から消えた。
……これでいいんだよね?
自分に言い聞かす。だけど胸はギューッと痛くなった。
廊下も、廊下にいる学生たちも、全部ぼやけて、目から大きな涙が溢れ出した。
涙はどんどん流れ続け、頬をボロボロとつたっていく。
「オレ、まずいこと言っちゃった? だいじょぶか?」
うろたえながら、あせるアッくん。
アタシは首を横に振った。
胸の痛みは止まることなく増していき、涙はこぼれ続けた。
そして、アタシは自然と走り出していた。
「待って!」
「芽衣!?」
後ろから声が聞こえた。
だけど、振り向かないで走った。
行く当てもないまま階段をのぼって行った。
「ハァ……ハァ、ハァ……」
気がつけば階段は行き止まりになっていた。
目の前には、重そうな扉。
2階から屋上の前まで来ちゃったんだ。
アタシ、何やってんだろ……。
息を切らしながら、アタシは扉の前に座り込んだ。
♪~♪~♪~
スカートのポケットに入っている携帯が鳴っている。
こんなときなのに、明るく元気な女性ボーカルの歌声。
携帯を取り出し、ディスプレイを見ると優梨の名前。
~♪~♪……
切れちゃった。
♪~♪~♪~
今度はディスプレイにナツくんの名前。
~♪~♪……
次はきっと──
♪~♪~♪~
アッくんの名前が表示されている。
「みんな……」
みんな、心配してくれてる。
こんなとき、一番友達の大切さがわかるね……。
泣き顔に、少しずつ笑顔が戻っていった。
今度はさっきとは違う涙が溢れてきた。
きっと、嬉し涙。
アタシは声を殺して泣いた。
少し落ち着いてから、みんなにメールを送った。
〈心配かけてごめん。今から教室帰るね!〉
♪~♪~♪~
すぐに返信がきた。
〈え?アタシたち、みんな今マックかも(笑)〉
何してんのぉ~~!?
アタシは階段を駆け降り、正面玄関を飛び出した。
バッグや財布は教室に置いて来ちゃったけど。
中学から5分程歩くと、駅前に着く。
そしてマックやファミレスが駅の隣に並んでいる。
マックに着くと、窓際の席にみんなの姿が見えた。
ほかのクラスになっちゃった美亜もいる。
──あれ? コータさん?──
優梨たちとは少し離れた席に、3年の集団がいた。
学ラン着てるのにタバコを吸って、かなりガラが悪い。ギャルな女の先輩もいる。
そして優梨たちの席を指さして、何かコソコソ言っているようだ。
美亜は3年に目をつけられてるし……嫌な予感。
案の定、その予感が的中した。
コータの隣の席に座っていた巻き髪のギャルが席を立ち上がった。
それに合わせてほかの3年の女たちも立ち上がる。
顔をしかめて、立ち上がった巻き髪の女の腕をつかむコータ。
でも、その女はコータの腕を振り払い、美亜を見て歩き出した。
「ヤバッ……」
急いでマックのドアを開け、みんなのもとに急いだ。
……だけど、少し遅かったようだ。
「てめぇ、人の男に手ぇ出したりしてんじゃねーよ! !」
「はぁ? なんか用? 捨てられた女が悪くないですかぁ?」
美亜は立ち上がり、巻き髪の女と口論を始めた。
「美亜! やめなっ!」
アタシは叫んだ。
美亜がアタシに気づいて振り向く。
3年の女たちから美亜が目を離したそのとき──
バシャッ
テーブルにあったコップを手にした女が、美亜の頭に飲みかけのオレンジジュースをかけた。
そして美亜の長い髪を引っ張った。
「キャッ! ……ッ! ! やめてぇっ! !」
美亜の悲鳴が店内に響いた。
「何やってんだよ!?」
アッくんやナツくんが押さえようとしても、美亜の髪から手を離さない女。
それを見て笑う3年の女たち。
何これ……。どぉなっちゃってんの……?
呆然として、入り口付近で立ち尽くす。
店員が小走りで美亜たちに向かって行った。
それに気づいた女は、パッと手を離した。
その手のひらには、美亜の自慢の長い髪が何十本もついていた。
「お前、許さないから」
床に座り込んで泣いている美亜に、巻き髪の女が捨て台詞を吐いた。
優梨は真っ青な顔で、美亜の肩を抱く。
そしてキレてるアッくんをむりやり押さえるナツくん。
女たちは自分の席からバッグを取り、マックを出て行った。
「美亜っ! !」
我に返ったアタシは叫び、近くにあった紙ナプキンを大量に持って、席に向かう。
何が起きたのかよくわからない。だけどひどすぎる。
美亜がゆっくり立ち上がる。
「頭、いたい~っ。早くジュース飲みきってれば良かったよぉ」
そう言って、美亜は顔を引きつらせながらも笑った。
全然笑えない……。
落ち着いてきたアタシの中にフツフツと怒りが沸いてきた。
パニックになって何もできなかった自分にも悔しい。
そしてその怒りは、コータに向けられた。
「め……芽衣!?」
残っている3年の席に向かうアタシを見て、優梨が目を丸くした。
「コータさん!」
コータが振り返った。
「芽衣ちゃんだぁ♪ どしたの? ポテト食う?」
「どしたの? じゃないですよ! ! さっきの女の先輩たち、なんなんですか!?」
「え…? もしかして、ユリがやっちゃった子と友達?」
アタシは気まずそうにしているコータをニラんだ。
普段なら怖くて絶対ニラんだりできないような人だけど、ムカつきすぎて気にならなかった。
「友達ってゆぅか、親友なんですけど」
「マジ!? そいえばあの席のもうひとりの女の子、芽衣ちゃんとよく一緒だよね? 俺、もう手ぇ出すなってユリに言っとくから! ごめんねっ! !」
コータが顔の前で手を合わせた。
ほかの3年たちは、アタシとコータの姿に驚いていた。
「コータは止めたんだよぉっ。俺からも謝るから、許してやって☆」
「コータが頭下げるなんてめずらしいから、機嫌直してよ~」
ほかの男たちに言われ、少しずつ怒りの熱が冷めてきた。
「もう、絶対、美亜に手を出させないでください」
そう言い、アタシは席に戻った。
美亜は嬉しそうに笑い、「ありがとね」と言った。
ほかの3人はキレていたアタシを見て驚きが隠せない様子。
それより、あんなことをやっちゃったっていうことに、アタシ自身が一番驚いていた。
みんなでマックを出ると学校へ向かった。
美亜だけは「家でお風呂入ってから学校戻る」と言い、駅前で別れた。
「なんか大変だったんですけど~」
「オレ、何もわかんねぇのに、2回も3年とトラブル?」
ナツくんとアッくんが笑い合う。
「確かにアッくんは2度目だよね。遅くなったけど、心配かけてすいませんっ! 教室に来た幼馴染みの3年の人ね、アタシの好きな人だったの。だけど、ほかの人が好きで、叶わないから……えっと、いろいろあって、諦めることにして……」
頭の中がグチャグチャになって、さっきの涙がまた出てきちゃいそうになる。
「だ……だからね──」
「その人と距離あけたくて、毎朝一緒だった登校をバックれたら、教室に来ちゃったってことです☆ で、明日からひとりで行くって言ったはいいけど、悲しくなっちゃったってことでしょ?」
泣きそうなアタシに気づいたのか、優梨が代わりに言ってくれた。
「そーゆうことなのですっ」
アタシが言うと、ナツくんとアッくんは黙ってウンウンと頷いた。
「でも、それでいいのか?」
ナツくんは悲しい顔でアタシを見た。
その言葉に、少し考えてからウンと答えた。
「芽衣ならいい恋できるよ!」
「恋愛達人のアッくんに言われたら、できる気してきたぁ!」
「じゃあ優梨もアッくんに言われたい~! いい恋したぁ~~い!」
みんなで笑い合っていると、気持ちが楽になるよ。
一瞬だけかもしれないけど、悠哉を忘れられる……。
悠哉は今、何してるのかな?
ちゃんと授業頑張ってますか?
──悠哉。
アタシのいいお兄ちゃんになってね。
お兄ちゃんって思えるように頑張るから──
またこぼれかけた涙を隠すため上を向いた。
──悠哉に涙腺、壊されちゃったみたいだよ──
空は、雲ひとつない晴天だった。
アタシの心は、雲だらけで小雨が降り続いていた。
──早く、この空のように青空になりますように──
学校に着くと、4人は静かに靴を履き替えた。
授業中の校舎は、シンと静まり返っている。
まるで、みんなが消えちゃたみたいに静か──
教室に向かってみんな無言で歩いた。
バタバタバタ
後ろから、誰かがうるさく廊下を走って来る。
チラッと振り返ると……。
「……え!?」
担任の教師が怒りに満ちた表情で走って来ていた。
すでにアタシたちとの距離、約10メートル。
「お前ら、何やってんだぁ! !」
「──!?」
「逃げるぞっ!」
アッくんとナツくんの声で、アタシと優梨も走り出した。
このまま廊下を走ると、階段が左にある。
真っ直ぐ行くと行き止まりだから、階段をのぼらなくてはいけない。
また階段だ! キツイ! !
「に……逃げるんじゃない! マクドナルドにいただろ! ハァ、ハァ……乱闘したんじゃないか!? 学校に通報がきたぞ!」
担任教師の苦しそうな怒鳴り声が、後ろから聞こえる。
──バレてる! 絶対捕まるわけにいかないっ! !──
階段が見えてきた。
左に曲がり、階段を駆け上がる。
ハァ、ハァ……。息が苦しい。
前にはヨレヨレしながら走るアッくん。後ろには……。
「あれっ!?」
……誰もいない。アタシは足を止めた。
「ねぇ……アッくん…ハァ…み、みんないないよ~?」
アッくんも足を止める。
「えっ? あいつら真っ直ぐ、行ったのか? つ、突き当たりになるのに忘れてたのかな? ハァ、ハァ」
階段の下から声がする。
「あのふたりはどこ行った!」
「知らない~」
「マクドナルドには行ったか!?」
「行ってないよ~」
アッくんと顔を合わせて苦笑いをした。
「これじゃ、今から教室は帰れないよなぁ。どぉする?芽衣」
「ん……。あっ! 屋上は!?」
朝見た屋上の扉を思い出した。
確か、鍵はかかってなかったはず……。
そのままふたりは階段をのぼり、扉の前に着いた。
走ったり階段をのぼったりしたから、ふたりともハァハァと肩で息をしている。
「えいっ!」
アタシが重そうな扉を開けると……。
扉の向こうには、グリーンの床と真っ青な空が広がっていた。
「気持ちい~」
「だなっ!」
屋上に出て、ふたりは床に寝転んだ。
太陽がまぶしいけど、ほんとに気持ちいい……。
「走ったり泣いたりして疲れたから、こんなに気持ちいいと眠くなっちゃいそうだよ~。枕があれば最高なのに」
「枕、あるぞ」
「えっ?」
横に寝ているアッくんのほうを見ると、片手をチラチラゆらしている。
目が合うとアッくんは笑いながら「ほら、腕まくら♪」と言った。
顔が真っ赤になる。
そんなこと、冗談でも言われたことないし……。
「誰も見てないし、枕貸してやるよ☆」
「ええっ!?」
少しとまどいながらアッくんのペースに飲まれて手首の上に頭を乗せた。
「失礼しまぁす……」
は、恥ずかしい。
──今までアッくんを男として意識なんてしたことなかったけど、やっぱりアッくんは男だよね──
「芽衣、手首痛い。もっとこっち!」
アッくんは自分の腕と肩の付け根あたりをポンポンと叩き、その手をアタシの腰にまわした。
そして、頭の下の手をグッと引き寄せた。
「 ! ! 」
「はぃ、完成~」
アタシは目を白黒させる。
だって……。
だって、頭がアッくんの胸にあって、抱き合ってるような、そんな感じだったから──
平然としているアッくんの横顔。慣れてるんだなって思うと、チョット複雑だった。
息がかかるくらい間近なアッくんの顔。
アッくん、肌キレイだなぁ。鼻も高いし。モテるのがわかるかも。
「芽衣っ。見すぎ! 恥ずかしいから見るなって」
「えっ……ご、ごめんっ」
心臓がバクバク鳴る。ほんとに恥ずかしい。
でも……太陽がポカポカして、人肌があたたかくて、ドキドキも心地いいドキドキで。
嫌じゃない……。
──隣が好きな人だったら、最高に幸せなんだろうなぁ。
目を閉じて考えた。
チュッ♪
「ん……!?」
……え?
柔らかくて、プニッてした。
唇をプニッて指で優しく押されたような感触。
「早く忘れちゃえよ」
「えっ……」
「だからさ、早く悠哉先輩のこと忘れちゃえよ。ずっと頑張って叶わなかったなら、忘れて幸せになんなよ」
クシャクシャと頭をなでられる。猫になった気分……。
「ねぇ、アッくん。今のプニッてしたの、何? 指?」
「ん? キス♪」
……キス?
キス……キス……!?
──! !
「エエッ! ! キスっ!?」
バッと起き上がり、体育座りをして両手で唇を押さえた。キスって──
「ごめんっ……なんか芽衣が可愛く見えちゃって……思わずっ」
謝るアッくん。呆然とするアタシ。
「ア、アタシ、初めてキスってゆうのをした……」
「エエッ! !」
今度はアッくんが驚いた。
初めてのモノは、全部悠哉にあげたいと思っていた。
アッくんも、友達として好きだけど、男としては見てなかった。
だけどね……。
腕まくらは嫌じゃなくて……。
よくわからないけど、すごく気持ち良かったんだ。
唇と唇が当たったっていうか……キスっていう行為も
嫌じゃなかった……。
なんでかは本当にわかんないけど……、気持ち良くて、あたたかくて、胸がキュンとしたの。
「アッくん……」
「ご、ごめんなっ。初めてって、知らなくて……」
動揺するアッくんの声を遮りアタシは話した。
「ううん、違うの……うまく言えないけど、嫌じゃなかったってゆうか……」
「えっ?」
「自分でも、わかんないけど……」
話しながら、恥ずかしくなった。
アッくんの目を見ることができなかった。
そしてそんなアタシの口からは、驚くような言葉が出た。
「わかんないから、もぅ……もぅ一度……して?」
──もう一度……してみたい──
頭がボォーッとして、胸のバクバクする音は最高に大きくなった。
自分が何を言ってるのかすら、よくわからなかった。
「芽衣……」
アッくんはアタシを抱き締めて、キスをした。
柔らかくて……優しいアッくんの唇。
愛のないキスは、しちゃいけないのかもしれない。
でも、キスしてる瞬間、満たされる。
──忘れられた。
一瞬だけど、悠哉を忘れられたんだ。
posted on 2008-12-13 23:04
Detective Guo 阅读(470)
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