ドイツの詩人ハイネは、言葉を、放たれた矢に例えて述べた。「矢は弓弦から飛び去るやいなや、もはや射手のものではない」(「告白」土井義信訳)。世に言葉を放つことの重みと責任が感じられる。
德国诗人海涅曾经把语言比作射出去的箭。“箭一从弓弦上飞出,马上就不再属于射手的东西了”(《告白》土井义信译)。让人感到向世人讲的话时份量和责任。
日本列島を矢のように飛び巡った「産む機械」という言葉は、注目された二つの選挙にも影響を及ぼしたようだ。柳沢厚生労働相は、すぐに反省という二の矢を放っていたが、第一の矢は射落とせなかった。
如箭般射向日本列岛各处的“生育机器”这一讲话,其影响看来已波及到万众瞩目的两个选举。虽然柳泽厚生劳动相马上放出了所谓反省的两支箭,但第一箭已经射空了。
愛知県知事選では自民、公明推薦の現職が、北九州市長選では民主など野党3党推薦の新顔が当選した。与党側は「2敗」を免れたとして厚労相の進退問題に幕を引きたいようだ。しかし、この結果を単に1勝1敗とみていいのだろうか。
爱知县知事选举中,自民、公明两党推举的连任候选人,及北九州市长选举中,民主党等3个在野党共同推选的新面孔当选了。执政党似乎作为避免“两败”而将厚劳大臣的去留问题提出来。然而,这个结果可以单纯看作是一胜一负吗?
勝ったとはいえ、優勢を伝えられていた愛知で、最後は薄氷を踏むようだった。北九州では水をあけられた。票が野党側に向かう傾向は二つの選挙だけのものだろうか。今後の攻防次第で、統一地方選や参院選に影響が残るかも知れない。
就算说是胜了,但在一直说有优势的爱知县,最后也是如履薄冰。北九州的的情况已很清楚。应该是选票有向在野党方面倾斜趋势的两个选举吧?随着今后的攻防战,可能遗留对地方选举和参议院选举的影响。
政治とは、情熱と判断力を駆使しながら「堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫(ぬ)いていく作業である」。ハイネと同国の社会学者ウェーバーはこう述べ、続けた。「もしこの世の中で不可能事を目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束(おぼつか)ない」(「職業としての政治」脇圭平訳)。
所谓政治,就是凭借着热情和判断力“在坚硬的板上反复用力一点一点地挖出孔的工作”。和海涅同一个国家的社会学家韦伯这样说到,后面继续说到“如果这个世界上,对于不可能的事情就不能定为目标,并坚忍不拔地战斗的话,那么,有可能的事情也会觉得做不到”
与党から飛び出した敵失という矢に頼ることなく、例えば「政治とカネ」の問題では、野党も身を切るようなことにアタックする。そうでないと、政権交代など、とても覚束ない。
不是靠从执政党中飞出来的所谓的对方犯错的箭,而是在如“政治和咖喱”上面,在野党也奋不顾身地战斗。不是这样的话,政权的交替等等,是很难做到的。
posted on 2007-02-07 00:28
gameboy 阅读(328)
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