82歳とは思えぬ声の張りに、会場は総立ちの拍手だという。フランス歌謡界の長老、シャルル・アズナブールが、「最後の」と銘打った日本公演を続けている。
想像不出是82岁的声音在回荡,据说会场观众全体起立拍起了手掌。法国民谣界的前辈,CHARLES・AZNAVOUR正在日本举行名为“最后的”演唱会。
歌手でも役者でも、流れの速い芸能界で長く一線にとどまるには二つの道がある。軽やかに時流に乗るか、がんこに自流を貫くか。シャンソンの名手には後者が少なくない。7日に80歳になったジュリエット・グレコが典型だ。
歌手也罢演员也罢,在流行快速变化的艺能界,要能够一直站稳脚跟无非是两条路。或是随波逐流跟着潮流走,或是顽强的贯彻自己的风格。著名的民谣歌手中有不少是后者。在7号是80岁生日的JULIETTE・ GRECO就是其中的典型。
夜の森を思わせる深い声、語るような歌唱、黒ずくめの衣装、宙を舞う両の手。どれも22歳のデビュー当時からだ。自由を愛し、強者や権力を疑う生き方も変わらない。ナチス占領下のパリで、レジスタンス活動家の娘として秘密警察に拘束された体験が原点だろう。
使人想到夜里的森林那深沉的声音,如娓娓道来的歌唱,全身黑色的衣裳,在空中舞动的双手,所有的一切都如同当时22岁时的初次表演的身姿。热爱自由不畏强权的生活方式依然如故。大概都是源于在纳粹占领下的巴黎,因为是抵抗运动的活跃人物的女儿而遭遇秘密警察的拘禁吧。
すでに大御所だった1981年、チリのピノチェト独裁政権の招きをあえて受け入れた。軍幹部と家族が聴き入る御前コンサートの途中から、軍政が禁じた抵抗歌を続け、直ちに国外追放となる。いかつい兵士に囲まれ、空港へと連行される報道写真はフランス人を熱くした。本人は「生涯最大の勝利」と振り返った。
在1981年,早已是大师级的他,被智利的皮诺切特独裁政权招募。在专为军干部及其家属举行的演唱会进行到一半时,开始连续演唱了被军政府禁止的抵抗运动歌曲,并马上被驱逐出境。被神情严峻的士兵围着押解到机场的新闻照片使法国人民热血沸腾。她本人回忆时也说到“这是一生中最大的胜利”
4月に19回目の日本公演がある。「最後の」としない理由はパリマッチ誌との問答からうかがえる。「私に理解できない言葉があるとすれば、ノスタルジー(懐旧の念)です」
在4月份,有第19次日本公开演出。可以从Paris Mach杂志的采访看到,没有作为“最后的”演唱会的理由。“对我来说如果有不能理解的语言的话,就是回首往事(怀旧的思念)”
とんがって、反骨を貫くのは、人生の損得勘定でいえば大損かもしれない。これを不器用と笑うか、潔しとするかは人それぞれである。80歳を迎えた水曜日の夜、彼女は仏テレビの生番組に出た後、祝宴に臨んだ。参加者は家族ら8人だけだった
如果说要判定人生的得失的话,自始至终都锋芒毕露,不畏强权,可能是大损。有人讥笑这是不识时务、也有人说是巾帼胜须眉,各种各样的人都有。在庆祝80岁生日的星期三的晚上,在参加了法国电视台的现场直播后,她出席了生日宴会,而参加者仅仅是8个家庭成员而已。
posted on 2007-02-12 23:55
gameboy 阅读(259)
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