2007年9月23日

いつの間に日本語の勉強の気合が入れなくなって、今まで自分がはかどるかと疑っている。
単語や言葉などの幅が広すぎるっているか、身につけるのはなかなかできない。
日本に仕事しているけれども、日本人の交流が少なくて、ほとんど独学している。
家に帰ったらテレビばかり見ていっても、生の交流に及ばない。

どうしよう、日本語がいやになっちゃった。
ちょっと休めばいいかな。

posted @ 2007-09-23 10:05 jenniferjue 阅读(66) | 评论 (1)编辑 收藏
  2007年9月16日
中村秀雄の余命は一年しかないと先生が告知した。自殺未遂の彼は、お母さんに電話した。

「お母さん、僕を生まれた時どう思う?」
「やっと会えたねぇって、それから、この子のためなら、自分の命を捨てられる。そう思ったかな」

お母さんに悟られた彼は、大学受験を控える生徒たちに
「あと一年しかないと思って何もしない人は、5年あっても10年あっても何もしないと思います。この一年やれるだけのことやってみましょう。」そう言った。

posted @ 2007-09-16 13:21 jenniferjue 阅读(71) | 评论 (0)编辑 收藏
  2007年9月15日
久しぶりの飲み会というより、新人の歓迎会だった。去年研修の時に配属した部署の課長さんも顔が出した。お世話になった彼とお酒が乾杯しようとした私に、「Jenny、最初日本に来たとき、ビールがあまり飲まないよね。」と言われた。
「…あ、もうなれました。」そっか、覚えてくれたんだ。なんかうれしい。
「へえ、よかったね。」
「ビールは大丈夫だけど、やっぱり好きではない。」飲ませないように、私が慌てて言った。
「でも、それも好きになりますよ、きっと。」
「はい、楽しみに」

課長さんはまじめで厳ししいけど、私のことも覚えてくれるなんてぜんぜん思わなかったんで、感動って言っても大げさではない。

私も、他人のこと覚えなきゃね。
posted @ 2007-09-15 20:58 jenniferjue 阅读(64) | 评论 (0)编辑 收藏
ギターのコードってさ、覚えんの難しかったよね。
でも、あきらめなかったから弾けるようになったんだよね。
あきらめない限り、夢は消えたりしないんだよ
誰にも取り上げられたりはしないんだよ。
だから、次がんばろう。
たった一回のチャンスはつぶされただけじゃん。
それだけのことだよ。


私さ、目一杯生きてやるから。
あと一年かもしれないし、半年かもしれない。
でも誰にもあきらめない、精一杯生きてやる。
posted @ 2007-09-15 16:23 jenniferjue 阅读(78) | 评论 (0)编辑 收藏
  2007年9月11日

ある土曜の午後、うちで昼寝をしているところ、チャイムが鳴っていた。誰なんだ、こんなしつこく。しかったなく、ベッドを抜け出て、扉を開けたところ、同僚のAさんだった。
「ごめんね、勝手にじゃましちゃって、寝てる?」
「うんん、ぜんぜん、ちょうど目が覚めた」今さら、正直に言うわけないだろう。「それより、どうしたの?」Aさんの家が遠いから、うちに来るなんて珍しいと思った。
「別に、買い物にこの辺に通りかかるから、Jennyが今何してるのかと思って…」
「…そうか」本当のありがたい言葉だけど、実は眠くて眠くて、返事も疎かになっちゃった。
「でも、私すごいでしょう、Jennyの家を見つけたなんて」
「へ~、どういうこと?うちの番号教えたなかったっけ?」ただいま、目が覚めた。
「そうよ、ただマンションの名前だけ。」Aさんはいつものように素直だ。
「ごめんね、じゃ、どうやって見つけたの?」ちょっと気になった。
「それは、それは、Jennyの換気扇のかけだよ。」Aさんニコニコしながら換気扇に指した。
「……」隣の部屋の換気扇がいっしょなのに、呆然とした私が話ぜんぜん見えなくて。
「ほら、換気扇したの油汚れだよ! それはJennyの家しかないよ」
「あぁ……そう?ごめんごめん」やっと悟った。

実はすごく恥ずかしい話だけど、皆さんに伝えなければならないと思った。
その油の汚れは中華料理のせいだ。毎日手料理するから、油いっぱいの中華料理しかできない。おまけに、換気扇はそもそも調子がわるかったし。最初は、気づかなかったから、日に日に油気が換気扇に溜まった末に、屋外の地に落ちってしまった。特に、日本人がきれい好きで、そういうところに嫌がれるのがもったいない。

Aさんに指摘された当日さっさと屋外の掃除をし始めたところ、油がもうほとんど地にくっついた。完全にきれいにするのは無理そうだ。本当に悔しかった。



posted @ 2007-09-11 21:28 jenniferjue 阅读(60) | 评论 (0)编辑 收藏
  2007年9月9日
                    


9.8やっときた。木村拓哉主演映画「HERO」の上演をずうっと待っていた。別にキムタクがそんなに好きというわけではないけれども、ただ日本にいた以上、できるだけいろんな経験したかっただけだ。映画館に行くのもそのひとつだと思っていた。決意した上で、「HERO」の前売り券が手に入った。

でも、本当に不思議だなぁ、チケットを買う前後の気持ちといえば。買う前に、わくわくするっていうか、期待するのは間違いない。ただ、確実にチケットをもらったとたん、なんだか不安がこみあげてきた。今の私、日本語が大丈夫なのかって、あんまりに自信がなかった。

まぁ、とにかく、2001年に放送した「HERO」のドラマを始めよう、と思っていた。この前、キムタクの人気ドラマを何部も見たけど、何で「HERO」を今まで見なかったのは自分もよくわからない。でも、私が短気で、あるドラマを始めようと思ったが最後、いつも2、3日中に全部見てしまった。でも、「HERO」のドラマをは二週間かかった。わざとゆっくり見るっていうか、まじめに勉強した。

第一回目は、前に見たドラムと同じように、中国語の字幕でストーリーを見るほどだ。しかし、それだけできっと映画にはいけないと思った。よし、もう一回、今回は出演者のセリフを中心にしようと。「HERO」は検事さんの話で、ローに関する用語どんどん出てきた。聞き取りづらいのセリフ何度も繰り返す、そしたら、普通の45分の一話は倍の時間もかかってしまった。ほんとにやりがいやるよ、って自分を励まそうとした。

いよいよ「HERO」の公演をやってきて、私は自分の本番のように上がってきた。やっぱり日本語の心配だ。落ち着こうにも落ち着けないぐらいで、映画館に向った。

当日は、シアターの1/4ほどの観客がきた。ちょっと空いているなぁと思っていた。130分間、自分が映画に打ち込んでいた。周りの観客と同じように笑ったり感動したり出来るのはうれしかった。最後のクライマックスとした裁判のシーンに、目が滲むように感動した。ほんとにここにきってよかったと思った。

もしこの後、家でもう一回この映画を見にすれば、きっと映画館にいた自分を思い出しするんだろうなぁ。
posted @ 2007-09-09 22:13 jenniferjue 阅读(490) | 评论 (4)编辑 收藏

「光陰矢の如し」という事はある時期を充実に過ごしたという事だろう。夏休みが明けてそう思った。

日光への旅行は私にとって忘れがたいものだ。最初、寡黙の課長さんに「夏休みどこかに行こうよ」と誘われると、正直びっくりした。幸いにチームの皆(中国人)一緒に行くことになって、ひと安心だった。仕事中に課長さんは結構厳しくて、同僚は課長さんに叱られたことも幾つあって、一緒にいるとなんか緊張というより怖い。

日光に行くことにするのは、課長さんは車で迎えに来た朝までだった。私は後ろ側の席を座り込んで、最後に助手席に座るのは伍さんだった。

「行きたいとこがある?」課長さんに聞かれた。

「… …」皆黙ったまま。

「じゃ、世界遺産のとこに行こうか、栃木県の日光という町だよ。」

日光?聞いたことがある。なんかちょっと興奮した。

でも、果たして思った通り課長さんの無言の旅だった。後ろに座っている三人は恐る恐る中国語の会話が始めた。「いつかつくかな」と呟きながら時計に目をやった。ああ~なんだかもう長い時間を経ったのに、出発からただ 30 分だった。

途中で日本選挙の看板を幾つ通った。

「先選挙の宣伝見た?」と突然課長さんに聞かれた。

「はい、今日ですね。」私はちょっと慌てて答えた。

「よく知ってるね!」

「あ、ニュースに毎日出てるから」

「オレ、昨日投票したよ、今日出来なくてさ」

「… そうですか」今何を言ったらいいのか、「あ、課長さんは何の党を支持していますか」

「それは言えないよ」

「…すみません…」そうかそうか、政治について聞かないほうが…

「いや、別にいい」

又、無言に落ち込んだ。


やっと着いた。ファーストリゾートは東照宮だった。何の歴史も知らずにここに来るなんてちょっと無駄だと思った。結局、写真を取るのはここに行ったことがあるという証明みたいことだ。神社の周りに見ながら、

「中にはいる?」また聞かれた。

「……」中に何かあるの?

「じゃ、別の所に行こうか、自然のとこ」と言い切った。

「はい …」皆やむを得ずに課長さんについて行った。

 

中禅寺湖という所に来た。課長さんは「モーターボートで湖一周周り」の売り込みの係りさんと話し始めた。皆はやはり写真ばかり取っていた。

「ボートでも乗ろうか」又来た。

「……」

「乗りたくない?」

「課長さんは乗りたい?」と楊さんはいきなり聞いた。

「いや、オレは別にいいけど。」

皆戻ろうしたところ、課長さんは私に向いて、「乗りたくない?」と言った。

「……」唇をかみしめて、「乗りたい…」と言っちゃった。

「じゃ、乗ろうか」

今でも思えば、ボートを乗ることは楽しい限りだった。ボートの運転手又解説者は中禅寺湖についての歴史、物語を言ってくれたけど、難しくてあまり分らなかった。でもここはきっと観光客は行くべき所だな、と思った。景色もとより自分の心がいつの間に穏やかになるのが不思議だった。

課長さんに連れてくれた場所は意外に気に入った。初めて生の滝も見た。滝つばで滝から飛び出した水の玉に浴びて幸せだな、と思った。



帰り道で皆疲れて寝てしまった。おまけに土砂降りにもあった。あの時、課長さん一人で運転するのは寂しいだろう。日光の旅行はきっといろいろ考えてくれたなあ、と思った。それから、日本人は分別する時の「お疲れ様でした」という言葉は初めてしみじみ理解した。

posted @ 2007-09-09 15:10 jenniferjue 阅读(324) | 评论 (5)编辑 收藏