アップルのリスクと挑戦 iPhoneは携帯市場を揺さぶるか――フィナンシャル・タイムズ

 アップルのスティーブ・ジョブズCEOは、今年1月のマックワールドでiPhoneを発表した。そしてこの時から、新しい携帯端末の市場展開にとって「成功」とは何か、そのハードルが一気に高くなった。

「私たちは1984年にマッキントッシュを発表しました。それはアップルを変えただけでなく、コンピューター産業そのものをすっかり変化させた」とジョブス氏が言うと、会場は大拍手に包まれた。「2001年には、最初のiPodを発表しました。音楽の聴き方がこれで変わったし、そればかりか、音楽産業そのものをすっかり変えてしまった」

「そして今日」とジョブズ氏。会場は盛り上がりすぎて失神寸前。「私たちは電話というものを、すっかり変えてしまいます」

いかにもスティーブ・ジョブズらしい、典型的なジョブズ節だった。しかしiPhoneにまつわるこの盛り上がりは、マック信者の間にとどまらない。iPhone に期待する人たちに言わせると、iPhoneは世界を変えてしまうのだそうだ。携帯電話を使いにくくしてきた携帯用ソフト(ジョブズ氏いわく、発展途上の「赤ちゃんみたいなソフト(baby software)」)から解放されて、iPhoneのユーザーは世界で初めて、移動しながらでもインターネットを完全に、そしてスムースにアクセスできるようになる――のだそうだ。そればかりか、iPhoneを使えば、かつてないほど簡単に、連絡相手の管理ができるし、音楽が聴けるし、ふつうに電話をかけることもできるのだと。

期待を盛り上げるだけ盛り上げて、2年以上も気をもたせてきたiPhoneが、米国ではついに629日に店頭発売される。そうそうめったにないほど世界中の耳目を集めている、新製品の発売で、まさに一大イベントとなるはずだ。欧州デビューは年内に、そしてアジア・デビューは来年2008年が予定されている。

とはいうものの、iPhoneは本当にそんなに画期的なモノなのか? それともiPhone発売にまつわるこの騒ぎは、巧みなマーケティング戦略にあおられた、ただの騒ぎなのか? 実は中身のない? アップルの新製品は常にそうだが、商品にまつわる騒ぎと、商品の実態そのものをきっちり区別するのはかなり難しい。

「もしノキアのCEOが立ち上がって、同じことを発表したらどうだったか。大きくて重たくてキーボードもなくて、2G(第二世代)対応しかしていなくて、あと半年は手に入らない電話を売り出すことにしたと、ノキアのCEOが公表したら。ボロクソに言われたはずだ」 IT・通信業界コンサルタント「CCS Insight」のベン・ウッド氏はこう言う。「でもアップルには、そういう発表の仕方が許される。まさにアップルならでだ」

アップルはiPhoneをまずは、3G(第三世代)よりも遅い2.5G 2.5世代)方式で動かすことにした。これは確かに立ち上がり当初のiPhoneにとって、つまずき要因になりうる。しかし不安要因はほかにもある。

「初期機で明らかに改良が必要なポイントは、3G対応にすることと、メモリを増やすことだ」 IT関連調査フォレスター・リサーチのアナリスト、チャールズ・ゴルビン氏は言う。一番安いiPhoneの空き容量はわずか4ギガ。ビデオ対応のiPodよりも遥かに少ないことになる。

最もベーシックなこのiPhoneの値段は499ドル(約62000円)。アップルはいきなり価格帯の高い方から、スマートフォン市場に参入することになる。2001年にiPodを発表した時、アップルは価格をほかの音楽プレイヤーと同レベルに設定していた。しかしiPodはたちまち独自市場を築くことに成功したため、アップルは廉価版iPodを次々と発表することができた。今となっては、たとえばiPod シャッフルは80ドル(約9800円)もしない。しかしiPhoneについては、iPodほど柔軟な価格設定は難しいかもしれない。

iPodの時みたいに、iPhoneも値下げするには、OS(基本ソフト)そのものを根本から作り替える必要がある」 野村インターナショナルの通信業界アナリスト、リチャード・ウィンザー氏は指摘する。

では、どうしてiPhoneにワクワクするのか。その理由は簡単だ。日常生活の中で携帯電話はどんどん重要になっているのに、携帯電話のほとんどは未だに不格好で使いにくいから。使い勝手が悪い機能や、質の悪いソフトが押し込まれていて、キーパッドも使いにくいままだ。

1984 年に発表されたマッキントッシュは画期的だった。パーソナル・コンピューターとして世界で初めて、不便なテキスト・コマンドを捨てて、マウス制御のビジュアル・インターフェースを採用したのだ。これによってコンピューターの世界が初めて、一般向けに開放された。「使いやすさ」の新しい基準がこのとき生まれて、そして今でも真似され続けている。

携帯電話の使いやすさを改良するため、アップルは固定式のキーボードをなくして、代わりにタッチスクリーンを採用。ユーザーが電話をかけたいのか、写真を見たいのか、メールを書きたいのかなど、その時々に必要とされている機能に応じて、画面上のキーの並びが変わるという仕組みだ。

iPod
の場合、アップルはiPodiTunesソフトウェアとの親和性を高めることに成功した。この相性の良さが、iPodを画期的にした理由のひとつだ。ユーザーにとっては、大量の音楽ライブラリを保存・管理するのが、iPodひとつでできるようになったわけだ。今度のiPhoneの場合、アップルは、既存のスマートフォンでよく使われているパソコン用ソフトの「劣化版」とも言える携帯用ソフトを全て取り除くことにした。その代わりに、パソコン水準のOSを走らせることで、パソコンと同じレベルで画像を扱い、ウエブを見られるようにした。

iPhoneはつまり、もとから携帯電話にずっと備わっていた色々な機能を、もっともっと改良したというわけだ」 経営コンサルティング会社ブーズ・アレン・ハミルトンのバリー・ヤルゼルスキ氏は分析する。「実にベーシックな技術革新だ。人はテクノロジーとどうつきあうものなのか、20年以上にわたって観察してきたアップルだからこそだ。なにそれが問題だと誰もはっきり言語化していないような問題を、どう解決したらいいか、アップルは理解している」

アップルの携帯電話参入は、世界をリードするライフスタイル・ブランドとしての地位確立のための、計算されつくした動きだ――と理解したい気持ちもある。しかし現実は、もっと複雑かもしれない。実のところアップルとしては、iPodに続く次の動きとして、携帯電話市場に入っていくしかほかに、選択の余地がなかったのかもしれない。

「ある意味でアップルは、iPhoneをやらざるを得なかった」とヤルゼルスキ氏。なぜなら、デジタル音楽市場のシェア70%を抑えている以上、iPodの売り上げが伸び鈍るのは時間の問題だったからだ。

今年1月にiPhoneが発表される1年近く前から、ウォール街のアナリストたちはこのことを指摘していた。iPodの大ヒットによる株価急成長に見合うだけの内実を、アップルが会社として備えるには、iPod並みのヒット商品をあと数種類は出す必要があると言われていたのだ。

「家電製品はどれも同じで、一気に需要がふくれあがり、やがては沈静化する。アップルが成長を維持するには、新しい商品カテゴリーが必要だった」とヤルゼルスキ氏は指摘する。

iPod
を超えて、新しい収益成長の分野に事業拡大する必要がある。それが分かってしまえば、では次は携帯電話だ、というのは自明の理だった。昨年1年間に世界中で販売された携帯電話の端末は10億台。過去6年間かけたiPod販売総数の、まさに10倍だ。

これだけ巨大な市場なので、来年1年で世界の携帯端末市場の1%獲得というアップルの目標が達成されれば(つまり端末を約1000万台売れば)、それだけで何十億ドルという新しい収益を意味する。

しかし一方で、携帯端末市場は確かに巨大ではあるが、アップルにとって理想的な戦場とは程遠い。「アップルがiPodで戦ったMP3プレイヤーの競合他社とは、相手が違う。モトローラやノキア、サムスンに挑戦するとなると、競争ははるかに激烈なものになるはずだ」とヤルゼルスキ氏。「携帯大手は、新規参入組を徹底的にねらってくるだろう」

ノキアの「N95」や、サムスンが米携帯通信大手スプリント用に開発した「UpStage」、台湾HTCが数週間前に発表したばかりのスマートフォン、あるいはソニー・エリクソンが6月初めに発表した「W960」などがいずれも、iPhoneの対抗馬となり得る。

携帯端末の市場はすでに、大手が並び立つ確立された市場だ。そればかりか、携帯電話キャリアの要求に常に突き動かされている市場でもある。「米国では、キャリアが端末の90%を買い上げる。その結果、端末を使うユーザーがどういう体験をできるか、その使用感の中身を決めるのはキャリアだ。携帯端末メーカーは実際には、キャリアの言いなりになっている」フォレスター・リサーチのゴルビン氏はこう言う。

多くの携帯ユーザーが使用感にイラつく、その原因の根っこはまさに、このメーカーとキャリアの力関係にある。ゴルビン氏によると、携帯端末は多くの場合、ユーザーよりもキャリアの意向にかなうように作られているからだ。

一方でアップルはこれまで、マッキントッシュにしろiPodにしろ、ユーザー体験のあらゆる側面を全てそっくり自分たちで管理することで、技術的なイライラ感を最小限に抑えようとしてきた。しかしiPhoneの場合、そこまで全てをアップルがコントロールするのは不可能だ。たとえば米国では、iPhoneは通信大手AT&Tのモバイル・ネットワークに頼ることになる。

AT&Tとの提携は、アップルにとって巨大な変化を意味する」とゴルビン氏。「提携企業にこれほど依存しなくてはならないやり方と言うのは、アップルにとって新しい経験だ。とはいえ消費者の側も、端末とネットワークの違いは理解していると思う。ただ、iPhoneを使うとどうだというその体験そのものに、あまりに期待が高まっているので、期待しすぎてしまうと、がっかりされる危険もある」

アップルとAT&Tとの提携関係の詳細は明らかになっていない。しかしアップルは、ほかの端末メーカーとは一線を画す特別な待遇をAT&Tから引き出したはずだと見られている。たとえば、使用料収益の分担や、iPhoneパッケージの内容決定権など。ITコンサルタント会社ガートナーのアナリスト、ユーグ・ド・ラ・ベルニュ氏は「この関係において、決定権をもつのはアップルのほうだ」と見ている。

アップルが携帯キャリアから特別な条件を引き出したとあれば、ほかの端末メーカーも今後、提携キャリアにもっと有利な条件を求めるようになるかもしれない。

野村インターナショナルのウィンザー氏は、アップルと提携するためにAT&Tが決定権を譲ったのは、ある意味で「肉を切らせて骨を断つ」的に手痛い勝利、あるいは後顧の憂いを残す勝利となるかもしれないと話す。つまりiPhoneのこの参入によって、携帯キャリアと端末メーカーの力関係が、不可逆に、決定的に変質してしまったかもしれないのだ。「(iPhoneの先例によって)ノキアもソニー・エリクソンもサムスンも、キャリア側に犠牲を払わせながら、ユーザーの使用感を高めてブランド力向上を追及していいのだと、そのお墨付きをもらったようなものだ」

しかしこの点については、見方は色々だ。「新製品を市場に送り込むにあたって、これほどの影響力を決定力を駆使できるメーカーは、ほかにいない」とゴルビン氏。「アップルが今回こう動いたからと言って、それで市場の力関係がそっくり変わって、モトローラやノキアやサムスンが得する――というほどの変化は起きないと思う」

一方で携帯キャリアにとっては、iPhoneは諸刃の剣になりかねないと、CCSインサイトのウッズ氏は言う。キャリアはこれまでずっとユーザーに対して、着信音やら画像やら動画やらを携帯回線を使ってもっともっとたくさんダウンロードするよう働きかけてきた。しかしiPhoneを使えばユーザーは携帯回線を使わなくても、パソコンを使ってiTunesiPhoneをシンク(同期)させれば、いくらでもコンテンツをダウンロードできるようになる。「となると、音楽は携帯を使ってダウンロードするよりも、パソコンから落としたほうが楽だということになる。携帯キャリアにとって、あまりいい話ではない」とウッズ氏。

ノキアも年内に独自の携帯向け音楽配信サービスを開始しようとしているが、やはりiPhoneと同じように、キャリアにとっての脅威となり得るとウッズ氏は言う。「ノキアやアップルといったメーカー側はサービス提供で収益拡大を目指しているが、同時にそれでキャリアのビジネスを妨害しないようにするのが大変だ」

アップルにとっては、世界の携帯端末市場のわずか1%でも抑えられれば、そのメリットは巨大で、未知の市場に新規参入することのリスクをはるかに上回る。

しかしたとえ携帯市場の10%を獲得したとしても、iPhoneiPodにはならない。むしろマック・コンピューターと同じたぐいの「ニッチ」な商品にとどまる。アップルやアップル株主にとってはきわめて意義深い、重要な商品となるだろうし、優れた技術を見事に結集した美しいアイテムとなるには違いない。しかし一部の人が持ち上げているほどに、人類の歴史にとって革命的な事件――には、おそらく程遠いはずだ。


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该文被作者在 2007-09-06 13:35 编辑过