1. くどい敬意表現はやめよう。誤解を生む表現はよりよい表現にしていこう。

 2.言葉も人も変わります。刻々と変化する価値観には、柔軟に対応しよう。 3.お互いの人格が尊重できる、ごく自然な表現をしよう。 4.できるかぎり簡潔になることを心がけて、相手に対して明確に伝わる表現をしよう。 5.文法的な正誤ではなく、「気持ちが正しく伝わるかどうか」を考えよう。

 

私はこのサイトで敬語の使用を広めようとしたり

敬語の誤りを正そうとしているのではありません。

 

あくまでも個人の知識欲に基づいて

自分を磨くためにまじめに製作しているサイトです。

学究的な詳しい解釈は、他のサイトにおまかせします(^^;)。

 

「あははっ」では、日常の会話レベルで

できるだけ多くのみなさんと意見交流したいと思っています。

 

 ●敬意表現を使う、ということは「相手の人格や立場を尊重する」ということです。敬意表現を使いこなす人は、話の内容とともに、人間関係をしっかり意識している人、なのです。

 

 もっと単純に言ってしまうならば、「私はあなた(あの人)にとってこういう立場の人なんですよ。」という宣言をしているということです。就職活動、仕事上、日本の言語の研究、教育指導、いろいろな場面で「敬意表現のよりよい使い方」が求められています。「その場の人間関係を理解し、相手の立場を尊重して、そのことを相手に正しく伝えること」が求められています。

 

 お互いを感情のある人間としてしっかり認めると、ごく自然に「敬意」がわいてきます。敬意はもちろん、誠意や好意を伝えようとしたときに、両者の間で表現の基準がズレていたら「いやみ」にとられたり「バカにされた」「なまいきだ」という誤解が生まれてしまうこともあります。

 

 ●なぜ「敬語はむずかしい」のでしょうか。

 感謝。敬意。その気持ちを伝える言葉が敬語です。その気持ちはだれでも自然にわいてくることですから、気持ちがわいてきたときに敬語を使えばいい、使い方としてはそれだけのことです。 人間関係はとても複雑です。特に日本では、昔から「礼儀・作法はその人の人格をあらわす」ものとして重視されてきました。ですから、敬語はもともと厳密な使い方をされてきたので、日本語の中でも特にむずかしい部分だといわれます。しかし逆に考えると、細やかな気持ちを表現できるので、日本語のよいところだ、ともいえます。むずかしいと思わせる原因は大きく2つあります。

 

 1.「それぞれの立場に対する気遣いを態度ではなく言葉で表現しようとしている」

 2.「正しいか間違っているかにこだわる」

 

からです。なんとなく使って許されるならいいのですが、敬語に関してはかなり厳しく言われることがある。1.はそんなことまでして相手に配慮しようとする日本人の細やかな心遣いの見事さ(いいときも悪いときもありますが)の典型でしょう。2.は接客をはじめ対人関係に影響するものなので、みんながとても気をつかっているのです。

 

 敬語を使うということは、単に言葉の問題だけではなく、生活上の礼儀や作法も一緒に考えなければならないので、とても堅苦しく感じてしまいがちです。苦手意識のある人は、尊敬語・謙譲語・・・など、学問的な定義づけの言葉だけで拒否反応がでますよね。文法的に説明するにはとても便利な用語ですが、もっと感覚的に「相手語」「自分語」などと定義したほうがわかりやすいかも知れません。(じゃり説として普及させてみようかな?)

 

 ●昔ながらの正確な表現にこだわるならば、ほとんどの人が敬語をうまく使いこなせていません。敬語には自信がない、と思っている人がかなり多いようです。それは、敬語を学ぶ機会がないまま、日常で「なんとなく」使っているからです。

  敬語の間違いについては、あちらこちらで議論されていますし、たくさんの本が出版されているにもかかわらず、現実にはなんとなく使っていたり、身近な人から見聞きして覚えた表現を感覚的に使っている人がほとんどです。ひとつひとつを取り上げて、いくら「正しい」「間違っている」と議論したところで、なかなか使い方が変わるものではないし、面倒、難しいという雰囲気だけが広まっていくように思います。

 

 自信がないしわからないけれど、使わなければならないときがある。間違うと「それはおかしい」と指摘を受けて嫌な思いをする。「じゃ、正しい表現は?」というと、指摘した人も自信がないし注意された人も納得がいかない。ますますうっとおしい気分になっていきますよね。「敬語なんてないほうがいい」となってしまう。

 

●敬意が伝わればそれで十分、かた苦しくこだわるのはめんどうだ、と考える人が増えてきました。

 ただ、「敬語は全く無くてもいい!」という人は少ないようです。たとえ「敬語不要論派」の人でも、敬意表現を使わずに会話することはありえないでしょう。「です」「ます」「お客さん」や関西弁の「おおきに」なども敬語にあたるのですから。他人に対する丁寧な表現は社会生活上必要です。初対面の人にいきなり「おまえは、・・」と話しかけられると、誰でも気分が悪いものです。昔は「御前」というのは高貴な人あてに使う敬語でしたが、今の「おまえ」という語には、見下しの意味あいが含まれるようになったからです。

 

 使い方が正しいとか間違っているということが重要なのではなく、あくまでも使う社会の共通認識=感覚の問題なのです。

 

●日本の社会の構造が、上下関係中心から、横並び主体に変化してきました。今までの敬語の使い方では、よりよい会話はできなくなりました。

 

 古くから使われてきた「伝統的な敬語」は、身分をもとにした上下関係が前提でした。昔ながらの使い方だけにこだわることによって「尊敬語を使うことによって差別的な社会を温存させているのではないか」と心配する人もいます。これからの敬意表現は「上下関係に重点をおいて」使われるものから、「お互いの人格を尊重する気持ちで」使われるように変わらねばなりません。特に社会人としての対話は、お互いに対等でありながら、共に敬意を含むべきでしょう。

 

 過去のように上下が意識された頃と、現在では状況が違うのです。敬語は「お互いの立場を表明する」ものであって、「上下関係を表すものだという認識は捨ててしまった方がよい」でしょう。 ●どのような敬意表現を使うべきなのかなど、言葉に関心を持つことは、物事を見る目を養ったり気遣いを考えることになるので、結局は自らの人生を豊かにすることにつながると思います。

 

  「きちんと敬語を使いこなしたい」「いや、敬語は必要と思わない」などは、「どうしてそう思うのか?」という議論になると、最後には「人としての生き方、あり方」の問題にいきつきます。

 

 「黄色」という言葉しか知らない人と、「レモン色」「やまぶき色」「クリーム色」「パステルイエロー」、さらに「おうど色」「もえぎ色」「オレンジ色」「みかん色」・・・を知っている人では、表現力も物の見え方も違います。食事の時「レタス」「キャベツ」「はくさい」の違いがわかる人とわからない人では、味も食事の楽しみ方も違いますよね。結局、物事は「言葉」を所有することによって認識できる部分が大きいのです。

 

 敬意表現を使うことは、「相手に対する気遣い」もありますが、

「自分の側の豊かさ」が大きく違ってくる

ということを、しっかり認識すべきです。敬語を中心とした敬意表現が果たす役割をしっかりと理解したうえで、いろいろなことを前向きに議論すればいい、と思います。

 

 ま、そんなこんなで、みなさんと一緒に表現についていろいろ悩んでみましょうか、というサイトであります。

 

 

「敬語の基礎知識」

 

尊敬語、謙譲語・・などの区別は誰が決めたの?

 

   ただいま調べ中・・・(笑)

   どなたか詳しいことやヒントをご存じの方、メールくださいませ。

 

尊敬語

 

相手の人が、何かをしているときや話している様子に使います。

     今西さんがお花をくださる。

     今西さんが「おもしろい」とおっしゃる。

 

謙譲語

 

相手に対して、誰かが何かをするときや、話しかけるときに使います。     彼が、今西さんにお花をさしあげる。     私は、今西さんに「おもしろいですね」と申しあげる。

 

「行く」の尊敬語は「いらっしゃる」

「行く」の謙譲語は「うかがう」「まいる」です。 

「行かれる」「行きなさる」は、

「行く」という言葉をそのまま使っているので、尊敬語ではなく尊敬表現「行かせていただく」も、

謙譲語ではなく謙譲表現だといえます。

 

接頭語「お」と「ご」のつけかたのポイント3つ!

 

■ポイント1■

 「お」「ご」は、相手のことにも自分のことにも使います!

 よく、「自分の行為なのに をつけるのはおかしいのでは?」と混乱してしまいがちですが、自分が所有している「物」に、 をつけるのはおかしいですが、相手に何かをするにあたって、丁寧で謙虚な気持ちをこめて お手伝いをする ご挨拶をする と表現するのはおかしくありません。その区別は、次の項で説明しています。

            自分につかう例   ●荷物をお持ちします。

●ご案内いたします。

●お慶び申し上げます。

●ご準備できます。

            

■ポイント2■

 「お」は和語(訓読み)、相手の所有物、女性が深く関わる語につける。 

   有田さんがお話をされる。(和語)

   平井さんのお宅。(相手の所有)

   お米。お箸。お鍋。お金。(女性語)

 

 

■ポイント3■

 「ご」は漢語(音読み)につける。   池永さん、ご確認ください。

「~なさる」は尊敬表現、「~する」は謙譲表現

 この使い分けができれば、もう基本はできたも同然です!

   田中さん(自身)が  お 話 なさる。 ・・尊敬表現 

   (誰かが)田中さんに お 話(し)する。 ・・謙譲表現 

 

    尊敬は 「お(ご)+名詞+なさる」

    謙譲は 「お(ご)+動詞」       とおおまかに考えてよいでしょう。

 

 結局、尊敬も謙譲も、どちらも田中さんに敬意を表しているということがわかれば、敬語の本質を獲得したようなものです。

 

敬語は文の最後につければ十分!

 

ひとつの行為の最後につければ、敬意は十分表現できます。

   「おじいさんは、ご自分でお考えになった作品にご納得なさらず、

   ご自分をお責めになり、涙をお流しになっていらっしゃいました。」

 

  これは、文法的に誤りはないのですが、やはり、クドい表現です。   「おじいさんは、自分で考えた作品に納得せず、

     自身を責め、涙を流していらっしゃった。」

 

シンプルな表現が上品感を出す

 

 「ご心配になる」より、「心配なさる」の方が、より上品な敬意が感じられます。上の「おじいさん」の例でもわかるように、敬意の多用は、しつこく感じられて逆効果です。日本語の本質として、多弁よりも慎ましい表現がより丁寧に感じられるし、的確に敬意を伝えられます。

 

現在形より過去形の方が丁寧

 

 物をいただいたときは「ありがとうございます」より「ありがとうございました」、退出するときは「失礼します」より「失礼しました」の方が丁寧に感じることが多いようです。語尾が柔らかくなることと、過去形にすることで距離が遠くなる=相手から一歩下がる=謙虚さを強く感じるようになるから、です。しかし、その分表現がぼやけるのも確かです。明確に気持ちをあらわしたいなら、現在形の方がいいと思います。

 

語を使わない敬意表現とは?

 

  「発言の中で、わからないところがあったのですが」

 

  相手の説明不足を責めないで、

  自分の理解する力が不足であるという謙虚な態度を表現している敬意表現

  (国語審委)。

 

  「悪いけど、急な仕事がはいったので待ち合わせの時間ずらしてくれない?」

 

  「悪いけど」と前置きをしたり、変更の理由をはっきりと説明するなど、

  相手の心理的負担を減らす思いやりがある敬意表現

  (国語審委)。

  

 「上のの例文からは敬意を感じられない」という人も、たくさんいます。

 話し方が丁寧か乱暴か、によっても印象は違うでしょう。

 

 ただ、相手に対して何らかの気遣いをしているのは、あきらかです。

 わかりやすく言えば、とても好意的である、と言えるでしょう。

 敬意表現というよりも「好意表現」といった方がよいかとも思います。

 

 確かに、上下関係を基本にしてしまうと、敬意を感じない人も多いでしょうが、

 社会的立場が対等な者の会話、と思えば、十分に配慮を感じる表現です。

 いろいろ議論がありそうなので、詳しくは、別項で考えることにしましょう。

 

 とにかく、相手の人格、立場を尊重する気遣いが含まれている表現

 のことを広く「敬意表現」と呼びます。

 

方言による違い

 

  関西地方を中心に「おる」は単なる丁寧なことばとして使われてきました。

 

  「あの方がおられる場所・・」は、丁寧な言葉+尊敬語なので、

    正しい尊敬表現。

 

  標準語で「おる」は謙譲語です。

 

  「あの方がおられる場所・・」は 謙譲語+尊敬語となり、

    ひとつの行為に謙譲と尊敬を一度に含めるという矛盾になるので

    間違いの表現。

 

  標準語を基準にして正誤を考えるのか。

  方言をとらえて、許容範囲を広くとるのか。

 

  このような問題の論議には、専門的な語句の生成論が必要ですが

  基本的には、みなさんの地方の「方言」優先でいいと思います。

  身の周りで多用されている表現は、意味が明確なら「可」とすべきでしょう。

 

  以下の敬語をマスターするだけでも、かなり違うと思いますよ。

  

   謙譲の表現がよくわかりません。 

  謙譲の表現は、まず自分の言動にだけ使ってみましょう!

    

   ●基本は2つ! 自分の動作の「~する」と「~申しあげる」です。

   ●「する」「します」「いたします」「申しあげます」という順に敬意が強まります。

 

  上の原則に「お」や「ご」をつけてみましょう。

  例をあげて、謙譲表現にしてみましょう。

    「持つ」   「お持ちする」「お持ちします」「お持ちいたします」「お持ち申しあげます」

    「案内する」  「ご案内する」「ご案内します」「ご案内いたします」「ご案内申しあげます」

                         

★例題★ 次のそれぞれの表現は、自分側(謙譲)と相手側(尊敬)のどちらですか?

 「利用する」

 「利用なさる」

 「利用いたします」

 「利用申し上げます」

 「利用します」

 「利用になる」

A.自、相、自、自、自、相

     ※謙譲の意味で使う「利用させていただく」という表現には難しい議論があります。

     ※尊敬語は、相手が「~になる」「~なさる」と表現すればよいのです。

     

   尊敬表現がクドくなってしまいます。  

  敬意の強い順に並べてみたので、次の順番で言葉を選んでみましょう。

 

    1.「食べる」という意味の尊敬語にスパッ!と置き換える・・  召し上がる

 

    2.「食べる」の「食べ」の、うしろに「なさる」をつける・・ 「食べなさる」

 

    3.「食べる」の「食べ」に、「お」と「~になる」をつける・・  「お食べになる」

 

    4.「食べる」の「食べ」に、「られる」をつける・・  「食べられる」

 

    5.「食べる」の「食べ」に、「はる」をつける・・  「食べはる」

 

 やはり、1.が最も印象がよく、敬意も自然で正確に伝わります。

 ただし、それぞれ次のような問題点もあります。

 

  1は、尊敬語がない言葉が多い。謙譲語を間違って使って、失礼になることがある。

  2は、明快だが、3と組み合わさり「お・・なさる」というクドい誤用になることが多い。

  3は、いろいろな言葉に使えるオールマイティ。丁寧さもほどほどだが、続くとクドい。

  4は、「れる」と「られる」の使い分けがあってわかりにくく、敬意も低め。