
2012年4月19日
【天気】には、「天候」のほかに「晴天」の意味がある。「きょうは天気だ」などと使う。英語の【weather】(ウエザー=天候)には「荒天」の意味がある。空を仰ぐ心にも、お国柄があるのだろう
‘天气’除了‘气候’之外还有‘晴天’的意思。‘今天是好天气/晴天’经常会这样使用。英语的‘weather’(=气候)则有‘暴风雨的天气’的意思。仰望天空的内心也会有地区特征吧。
天気といえば、いい天気、というおっとりした気質は愛すべきものだとしても、場合によりけりである。空から落ちてくるかも知れないのが雨粒ではなく、衛星もどきの弾道ミサイルであるとき、場違いの「おっとり」は失態以外の何ものでもない
说起天气,好天气这种稳定的禀性应该是让人喜爱的,但也是要看情况的。从天空上掉落也也许并非雨水而是仿卫星的弹道导弹的时候,不合时宜的‘稳定’只能是失态了。
失敗に終わった北朝鮮のミサイル発射で、日本政府は情報の伝達と発信に未熟さを露呈した
对于以失败告终的北朝鲜的导弹发射,日本政府的信息传递和传达上暴露出了还没有成熟。
米軍が発射を探知し、防衛省にも瞬時に伝わったのに、政府が発射を認めたのは43分後、すでにメディアが「打ち上げ失敗」を報じたあとである。慎重な確認作業に時間を要したという。ならず者の夜襲を警戒しているときに庭先を不審な影がよぎれば、「目の錯覚かな」「猫かしら…」と思っても、まずは声を発してこその危機管理だろう
美军探查到北朝鲜要发射并即刻将此消息传递给了防卫省,但政府在43分钟后确认了发射的情况,此时媒体已经报道出了‘发射失败’的消息了。据说在慎重的确认这一作业上需要时间。警惕流氓夜袭时,院子里若是有可疑的身影晃过,即便想着“是眼睛的错觉吗”“大概是猫吧……”,首先发出声音才是危机管理吧。
傷ついた国家の威信を北朝鮮がいかなる暴挙で埋め合わせるのかは予想がつかない。日本の空に荒天の“ウエザー”が続く。
北朝鲜将用怎样的暴行去弥补受创的国家威信呢,让人无法想象。日本的天空中,暴风雨天气的‘气候’还将继续。
posted @ 2012-04-19 17:01
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この100日間の裁判員たちの重圧を思う。年明け早々に選任手続きがあり、計36回の公判。結審後もひと月にわたって評議を続けてきた。選択した結論は死刑だった
想着这100天审判员们的压力。年初早早地就有选拔任命手续,共计36次公审。在结束审判后的一个月还要继续进行磋商,最后得出的结论是死刑。
首都圏の男性3人連続不審死事件の裁判は、木嶋佳苗被告(37)と殺害行為を結びつける直接的な証拠がない。検察は3事件に共通する状況証拠を積み重ねて「犯人は被告以外に考えられない」との主張を展開した
对首都圈发生的连续3名男性原因不明的死亡事件的审判,并没有被告木嶋佳苗(37岁)与此杀害行为有直接关系的证据。检察官积累了三个事件共同的间接证据后作出了“犯人除了被告之外不作他人设想”的主张。
状況証拠については2年前、最高裁が「被告が犯人でなければ説明できないものがなければならない」と厳しい条件を示している。初動捜査で警察が、男性1人を自殺と見誤り司法解剖しなかった、などの失態も明らかになった。証拠の細部まで吟味し尽くした評議だったろう
关于间接证据2年前,最高法院表示了严厉的条件“被告若不是犯人则无法解释,这一点是必须的”。在开始的调查中,警方误将1名男性当做是自杀而没有进行司法解剖,这方面的失误也很明显了。那是要认真的检查直到细微证据的讨论吧。
裁判員の苦悩に敬意を表しつつ、検察の論告には疑問を呈しておく。<夜晴れていて朝雪化粧なら、雪が夜中に降ったのは明らか>。状況証拠だけでも有罪にできると、雪に例えて言いたかったのだろうが、想像力で殺人を認定するわけにはいくまい
虽然我对审判员的苦恼表示敬意,但对检察官的总结发言还是要呈上自己的疑问“若是晚上放晴而白天披上银装的话,很明显雪是在午夜时分下的”。如果仅靠间接证据能说明有罪的话,那么想将此比喻成雪的例子了,我们不能凭借想象力认定杀人行为。
「雪冤(せつえん)」という言葉が浮かぶ。自らの無実を晴らす、の意味。冤罪を生まぬことが刑事裁判の鉄則である。
‘洗刷冤屈’这个词语浮现脑海。那是指消除自己的冤罪。不产生冤屈是刑事审判的铁则。
posted @ 2012-04-19 17:01
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何年か前、『読売俳壇』で読んだ句がある。〈職探す人に幸あれ啄木忌〉(上田久幸)。仕事を探して各地を転々と放浪した歌人に、現代の就職難を重ねている
那是多年前在‘读卖俳坛’上看到的句子“祝福找工作的人 啄木忌”(上田久幸)。为了找工作而辗转各地的流浪的和歌作者的样子与现代的就职困难重叠在了一起。
仕事がなければ生活が立ちゆかない。ましてや病身となれば、薬代さえ滞る。〈質屋から出して仕立直さした袷(あわせ)と下着とは、たった一晩家においただけでまた質屋へやられた〉。石川啄木は最後の記述となった1912年(明治45年)2月20日の日記にも金策の憂いを綴(つづ)っている
若是没了工作无法继续生活下去。更不要说如果生病了,那医药费更是没有着落。“从当铺出来,翻新的夹袄与裤子也只在家里呆了一个晚上,然后回到了当铺”。这篇石川啄木的最后记录写于1912年(明治45年)2月20日,日记中也表明了他对筹款的忧心。
あり余る詩才を抱きつつ、処世の苦しみ多き26年の生涯を閉じたのはその年の4月13日、あすで100年になる
虽然他才华洋溢,但26年的生涯中却一直过的很艰辛,明天4月13日将迎来他去世100周年了。
たとえば仕事を詠んでは、〈気の変る人に仕(つか)へて/つくづくと/わが世がいやになりにけるかな〉。望郷の念をうたっては、〈やまひある獣(けもの)のごとき/わがこころ/ふるさとのこと聞けばおとなし〉。自分の心境そのままだ…という人もあろう。十年ひと昔、その昔を十つらねた歳月を経て少しも古びることのない、奇跡のような歌人である
比如在描写工作方面“为善变的人工作/深切的感受到自己的人生变得让人讨厌啊”;在描写思乡之情上“就像生病的野兽般/我的心若是听到了故乡的声音就能平静了”。自己的心境就是如此啊……也有人这样想吧。十年一个时代,即使经过了100年却丝毫不会变得陈旧,真是奇迹般的和歌作家啊。
かつて啄木歌集には誤植が多いと言われた。印刷所の文選工が原稿をつい身につまされて読み、涙で目が曇ったという。
据说过去啄木歌集中有许多排版错误的字。印刷厂的拣字工看着原稿不禁感伤自身,泪流满面。
posted @ 2012-04-19 17:00
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今ごろの季節だろう。与謝野晶子に一首がある。〈清水(きよみづ)へ祇園をよぎる桜(さくら)月夜(づきよ)こよひ逢(あ)ふ人みなうつくしき〉。京都の繁華街・祇園から清水寺に向かうところか。朧月(おぼろづき)に照らされた、夢幻のような夜桜が目に浮かぶ
正是现在这个季节吧。与謝野晶子有这么一首短歌“樱花盛开,在朦胧月夜下,穿过纸园向清水寺而去,无论是月色还是樱花都很美啊”。从京都的繁华街道、纸园向清水寺前行吧。在朦胧月色的映照下,梦幻般的夜樱浮现眼前。
見頃を迎えた桜をもとめて、きのうも祇園はかなりの人出であったと聞く。惨劇が待ち受けていることを誰が予想したろう
听说为了观赏正盛开的樱花,昨天纸园也是人山人海。谁曾设想惨剧也在等候呢。
祇園の一角、京都・四条通の交差点で軽ワゴン車が信号を無視して歩行者の列に突っ込み、7人が死亡した。運転していた会社員の男(30)も電柱に衝突して死亡している。意識を失う病気があったとも報じられているが、事故との因果関係はまだ分からない
在纸园的一角、京都四条通的十字路口一辆小面包车无视信号灯突然冲入行人中,造成7人死亡。开车的男性职员(30岁)也撞到了电线杆上当场死亡。报道说因为他患有失去意识的疾病,但是否与事故有关还未可知。
誰もが日に何度か、どこかの交差点を渡る。人命を奪う事故に恐怖感の序列があるはずもないが、日常生活のすぐそばに潜む惨事に身の震える思いでテレビ画面に見入った人も多かろう
每个人每天都会穿过某些十字路口。虽然对夺走生命事故的恐怖感是没有顺序的,但对潜伏在日常生活周围的惨祸感到害怕,因为这种想法而注视电视画面的人也很多吧。
〈あなたの車を凶器に変えないでください〉。30年ほど前、ある自動車メーカーが安全運転キャンペーンに用いた広告コピーである。事故原因の究明を待つまでもなく、ハンドルを握る人はこの言葉をもう一度、胸に刻み直していい。
“请不要让你的车子变成凶器”。那是30年前左右,某汽车公司用于宣传安全驾驶的广告台词。即使我们并不等待查明事故原因,但手握方向盘的人啊,还是希望你们能再次在内心好好的记下这句话。
posted @ 2012-04-19 17:00
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裏稼業に生きる主人公が内心つぶやく。〈狼と食事をするときは、自分が客であるのか主料理であるのか、見極めるのが容易でない…〉。日本でも評判を呼んだ推理小説、トレヴェニアン『シブミ』(ハヤカワ文庫)の一節である
从事内部生意的主人公心里嘀咕“与狼一起进餐的时候,自己到底是客人还是主食呢,真的是很难弄清楚呢……”。这是在日本也引起热烈反响的推理小说特里文尼安的《素雅》(早川文库)中的一段。
賓客として招かれ、こちらはテーブルを挟んで対等に食事をするつもりでいても、気を緩めれば食べられてしまう。手ごわい相手と仕事で交渉をする場合の心得としても使えそうである
被当做贵宾来招待,即使自己打算隔着桌子平等的用餐,但若是松懈下来就会被作为主食吃了。那似乎也作为与难对付的人一起工作、进行交涉的场合时的心得来使用。
ご当人は「完全な捏造(ねつぞう)だ」と憤慨しておられるが、要は〈お客〉ではなく、〈料理〉として遇されたということだろう
本人虽然愤慨的说“那完全是捏造”,但重要的并非他被当作‘客人’,而是作为‘料理’被对待吧。
イラン大統領府の発表によれば、鳩山由紀夫元首相が大統領との会談で国際原子力機関(IAEA)を批判し、核開発を進めるイラン寄りの発言をしたという。鳩山氏の釈明を信じるとしても、相手に利用され、“食べられた”あとで怒っても遅い。日本政府が羽交い締めせんばかりにしてイラン訪問の取りやめを氏に要請したのも、こういう事態を心配すればこそだろう
据伊朗总统对外发表,原首相鸠山由纪夫在与总统的会谈中作出了批评国际原子能机构(IAEA)、站在继续推进核开发的伊朗这边的发言。即便相信鸠山氏的解释,他是被对方利用了,‘被吃了’之后再发怒也已经迟了。日本政府为了不被对方倒剪双臂而要求他停止访问伊朗,也正是担心会出现这样的情况吧。
「期待を裏切らない」という褒め言葉があるが、かくも毎度毎度、「心配を裏切らない」人もめずらしい。
虽然有“不会让大家失望”这样的褒奖的话,但每次都“不负大家的担心”的人也真是少见了。
posted @ 2012-04-19 16:59
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歌舞伎の六代目尾上菊五郎は、生前に自分で戒名(法名)をつけた。〈芸術院六代菊五郎居士〉という
歌舞伎第六代尾上菊五郎生前给自己取了法号‘艺术院六代菊五郎居士’。
「芸術院」が、わけもなくおかしい。「日本芸術院」という機関が実在するので、遺族が文部省(いまの文部科学省)に差し支えないかどうか相談した、という挿話が残っている
‘艺术院’,无缘无故的很奇怪啊。还留下了这样一个小故事:因为‘日本艺术院’这个机构是真实存在的,他的家属还向文部省(现在的文部科学省)咨询是否会造成妨碍呢。
『赤とんぼ』の詩人、三木露風は秋(穐)の空に赤蜻蛉の舞う〈穐雲院赤蛉露風居士〉。「雪は天から送られた手紙である」の名言を残した雪氷物理学者にして文章家の中谷宇吉郎博士は〈文藻院精研浄雪居士〉。それぞれに味わいがある
《红蜻蜓》的诗人、三木露風因为红蜻蜓在秋日天空中飞舞为自己取了法号‘穐雲院赤蛉露風居士’。“雪是上天送给我们的信”留下了这一名言的冰雪物理学家、名作家中谷宇吉郎博士给自己取的法号是‘文藻院精研浄雪居士’。各有妙处啊。
六代目のような“自作派”も、今は昔か。本紙の世論調査で、自分の葬式を仏教式でおこなう場合、戒名(法名)が「必要ない」と答えた人が56%を占めた。40歳代では63%という。自身の、ではなく父母の葬式であればまた別の数字になるのだろうが、しきたりに対する意識にも幅が生まれているようである
像第六代这样的‘自作派’现在很少了。根据本报的调查,自己的葬礼以佛教仪式举行的场合,有56%的人回答‘没有必要’取法号。据说40岁左右的有63%作了上述回答。自己的葬礼是如此,父母的葬礼则不同了吧,但对这些老规矩的意识似乎也有了伸缩余地。
古川柳より。〈甚六(=ぼんやりした人)は戒名忘れ南無親父〉。きっと、それでも声は届くのだろう。墓前で「なあ、おふくろ…」と呼びかけることの多い甚六の自己弁護である。
这选自古川柳“甚六(相当于马虎的人)忘了法号,只念南无父亲”。即便如此那声音也肯定能传达到吧。那是在墓前打招呼“妈妈啊……”的众多马虎者的自我辩护。
posted @ 2012-04-19 16:59
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列車に、姉弟が乗ってきた。姉は12歳ほど、弟は6歳ぐらいか、家庭教師とおぼしき青年が付き添っている。男の子の髪は濡(ぬ)れ、はだしで震えている。いぶかる乗客に、青年は語った。「氷山にぶつかって船が沈みましてね」
两姐弟在火车上,姐姐12岁左右,弟弟6岁左右吧,大概是家庭教师的一名青年也在旁边。男孩的头发有点湿,赤着脚在发抖。青年对诧异的乘客说“船撞上了冰山沉没了”。
救命ボートに全員は乗れない。自分たちは、小さな子供や親たちを押しのけてまで助かろうとは思いませんでした、と。宮沢賢治『銀河鉄道の夜』である
并非所有人都能乘上救生艇。他说我们没办法推开儿童以及家长去逃生。那是宫泽贤治的《银河铁道之夜》。
「タイタニック」の名前は出てこないが、死者の数1500人を超えた惨事は日本でも大きく報じられた。当時15歳という多感な年頃の賢治がのちに3人の霊魂を銀河鉄道の旅人として招いたのは、鎮魂の祈りからであったに違いない
虽然没有出现‘泰坦尼克’的名字,但死亡人数超过1500人的惨事在日本也是大肆报道。贤治当时15岁,正是易善感的年龄时期,之后他将3人的灵魂作为银河铁道旅人写进书中,肯定是缘于镇魂的祈祷。
豪華客船タイタニック号が大西洋で氷山に衝突沈没したのは1912年(明治45年)4月15日、まもなく100年を迎える
豪华游轮泰坦尼克号在大西洋撞上冰山导致沉没是在1912年(明治45年)的4月15日,很快就将迎来100周年了。
最新鋭の客船という人知の結晶が、自然の猛威の前に一瞬にして壊れ去る…。大震災で胸をよぎった無常の思いに、どこかしら通じるものがある。この1年、賢治の『雨ニモマケズ』を心の支えにしてきた被災者の方も多かろう。悲しみのあるところ、いつもその人がいる。
最先进的游轮这一人类智慧的结晶在自然的威力面前一下子就坏了……。在某些方面与因大地震而心潮起伏的无常想法有着相通之处。过去的一年,借着贤治的《不怕风雨》支撑心灵度过灾难的受灾者何其多啊。悲伤存在的地方总有那个人的身影。
posted @ 2012-04-19 16:58
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1年前の今頃はどうしていたかと、無性に気になる。大震災の後の非日常的な毎日の中で、記憶が混乱していることが少なくない。こんな時は新聞の縮刷版を開くと、ありありと思い出すことができる
1年前的现在是怎样啊,特别介意起来。在大地震之后的非日常的日子中,记忆变得混乱的事情并不少。这种时候翻开报纸的缩印版,就能很清楚的想起来了。
昨年のきょう4月8日朝刊に「『花見自粛』見直す動き」とあった。ソメイヨシノが満開の東京・上野公園は、夜までは続けないが昼は盛り上がろうという宴会グループでにぎわっていた。井の頭公園では「宴会自粛」の看板を撤去した、との記事も
有这样的报道:去年的今天、4月8日的早报上有着“‘克制赏花’有好转趋势”。在吉野樱盛开的东京上野公园,虽然晚上不开放,但白天因为热烈的宴会团体而非常热闹。在井之头公园也撤去了‘克制宴会’的告示板。
被災者のために、被災地のために、何をしたらいいのか、あるいはせめて、何をしないのがいいのか――皆が悩み、試行錯誤する日々だった。もちろん、それは今も続いている
为了受灾者、受灾地,应该做些什么,或者说至少不该做什么——那是大家都很头痛,反复尝试的日子。当然,现在还延续着。
卒業式目前の震災発生で、離ればなれになったままの宮城県の中学卒業生が「2012年3月11日に同級会を開催します」と携帯メールを交わし、再会を誓い合っているとの記事もあった。先日、叶(かな)ったはずだ。その場に居合わせなくとも情景は想(おも)い描ける
还有这样的报道:因为毕业典礼之前发生的地震,就这样分散的宫城县中学毕业生互相转发手机邮件“2012年3月11日举办同学会”,立誓要再见。前几天,他们的想法实现了。虽然我没有在那个场合但也可以想象当时的情景。
〈さまざまの事おもひ出す桜かな 芭蕉〉。平年より1週間近く遅れて桜前線、北上中。東北まで追いかけて行きましょうか。
“樱花,让人回忆各种各样的事 芭蕉”。今年的樱前线要比往年迟了1周左右,正在北上。就让我们一直追到东北去吧。
posted @ 2012-04-19 16:58
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弓の名人を志した紀(き)昌(しょう)という男が、まずは目を鍛える。シラミを3年間、にらみつづけた。馬ほどの大きさに見えたとき、男はシラミの心臓を射抜く…。中島敦の奇譚(きたん)『名人伝』である
立志成为射箭名人的叫纪昌的男人首先锻炼自己的眼力。3年的时间里他就一直盯着虱子。能将它看成像马这么大的时候,男人射向虱子的心脏……。那是中岛敦的奇谈《名人传》。
中学校の国語の教科書で読み、「シラミが馬の大きさなら、弓を握っている自分の拳(げん)骨(こつ)は山ほどの大きさに見えるだろうし、シラミは拳骨の陰に隠れてしまわないかしら?」と、愚にもつかぬ感想を抱いた覚えがある
阅读中学的国文教科书,“虱子若是像马那么大,握着弓箭的自己的拳头就像山这么大了吧,虱子是藏在拳头后面吧”,有着这种无聊得不值一提感想的感觉。
あれからン十年、自分の手は本来の寸法のまま、大きく見たい物だけが大きく見える技術が今はあるらしい。東京大学の研究チームが、食べているものを大きく見せかける「メガネ」を開発したという
从那之后的10年,自己的手还是原来的尺寸,但现在似乎掌握了惟独想看起来很大的物品就如所想的那么大的技术。据说东京大学的研究团队开发出了能将自己吃的食物看起来很大的‘眼镜’。
お菓子を持った手の大きさはそのままで、映像処理によってお菓子だけを1・5倍に拡大する。紀昌さんもびっくりだろう。大きなお菓子を食べたという満腹感から、食欲が抑えられる効果が実験で確認できたという
拿着点心的手还是一样大,但通过影像处理只将点心扩大为原来的1.5倍。纪昌先生也要吃惊了吧。吃下了大的点心后会有很饱的感觉,通过实验确认了食欲将得到抑制这一结论。
このメガネ、心のなかにも欲しいものだ…と、ふと思う。毎日まき散らしている恥と悔恨の種は本来の大きさのまま、ごくごく小さな折々の幸せだけを胸の画面に大写しにしてくれるメガネを。
突然想着,每天散布的羞耻与悔恨的种子还是和本来这么大,但惟独能将特别小的平常的幸福在心中放大的眼镜正是心里所想要的东西……。
posted @ 2012-04-19 16:57
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下手な医者に仕える下働きの男が不始末をしでかした。怒った医者が殴ろうとすると、「どうか蹴って下せえ」、男が懇願した。「お前さまの手にかかって助かった者はない」。江戸の小話にある
为差劲的医生当助手的男人闯了祸。愤怒的医生想要打他,“还是请踢我吧”,男人恳求他“您若是动手了那就没人能救得了了”。那是江户的小故事。
玄葉外相は不快感を表明し、野田首相も微妙な時期であることを挙げて懸念を示している。「お前さまの手にかかって…」と言いたい心境かも知れない。鳩山由紀夫元首相がきょうからイランを訪問し、アフマディネジャド大統領と会談するという
玄叶外相表明了自己的不快,野田首相也说这是微妙的时期明示了自己的担忧“您若是插手了……”,他也许是想说此话的心境吧。原首相鸠山由纪夫从今天开始访问伊朗,他将与艾哈迈迪内贾德总统会晤。
議員外交を否定はしないが、なにしろ、これまで外交がらみで名医の手際を見せてくれたことのないお方である
虽然无法否认是议员外交,但他毕竟是位到目前为止包括外交在内都未让我们见识过名医技术的人。
普天間移設をめぐり、首相の立場で公に語った重たい言葉を、あとになって「あれは方便でした」と弁舌も軽やかに打ち明けた“衝撃の告白”をご記憶の方は多かろう。核開発を進めるイランに、国際社会は経済制裁の包囲網を狭めている。その結束を乱すことになりはしないかと、政府が鳩山氏の旅立ちを憂い顔で見つめるのもうなずける
关于普天间转移,站在首相的立场上公开说过的沉重的语言之后则轻巧辩解“那是便宜行事”,相信很多人都还记得他“冲动的告白”吧。对不断进行核开发的伊朗,国际社会收缩了经济制裁的包围网。希望他此行不会弄乱了这种捆束,政府对鸠山由纪夫的行程表现出担忧也是可以理解的。
くれぐれも変な約束をして「トラスト・ミー」(私を信じて)などと言わないよう、〈お前さま〉に懇願しておく。
要拜托他,千万不要做些“相信我”之类的奇怪的约定。
posted @ 2012-04-19 16:57
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