貝原益軒の「養生訓」に〈聖人は未病を治す〉とある。もとは古く中国の書物に出てくる言葉だ。心がけのよい人は病気に至る前に体を治す。予防の大切さを説いている
貝原益軒的《养生训》中有这样一句“圣人是去医治还没有得病的人”,这原本是出自中国古代书籍的语言。那是说很留心注意的人在生病之前就会去治疗身体,也就是提倡预防的重要性。
〈私は毎朝歩いたり何かしているから医療費がかかってない。たらたら飲んで食べて、何もしない人の分の金(医療費)をなんで私が払うんだ…〉
“我由于每天早上散步呀之类的,所以根本都不花医疗费。而那些整天吃饱喝足的、什么事也不做的人的医疗费什么的还要我来支付……”
これは麻生首相の最新語録から引いた。おそらくは益軒のようなことを言いたかったのだろうと推測はつくが、社会保障制度は国民相互の助け合いで成り立ち、個人レベルの損得勘定とは違うはずである
这是引用自麻生首相的最新语录。我推测他恐怕是想模仿益軒那样去说吧,但是社会保障制度是在国民互助的基础上成立的,这与计算个人得失是不同的。
医療費がかからないのは幸せと感謝し、必要な人に必要な医療費を使ってもらうために一日でも長く健康を維持する努力をしたいと思う――といった優等生の言辞は首相好みではないのかも知れない。だからといって、制度のイロハを知らぬ劣等生を気取ることもなかろう
若是自己不需要花费任何医疗费那是要感谢自身的幸运,为了那些有必要使用医疗费的人自己必须努力保持长期健康——这种优等生的言辞也许并不符合首相的口味。虽说如此,不知道入门制度而去冒充劣等生的人恐怕也没有的吧。
今回のみならず、首相は酒場でつぶやく愚痴のごとき迂闊(うかつ)な発言が過ぎる。控えた方がご自身の健康のためにもよろしい。〈言語をつゝしむも、亦(また)、徳をやしなひ、身をやしなふ道なり〉。これも養生訓に書いてある。
不只是这次,首相在酒吧发牢骚抱怨似的无知发言也有些过了。懂得控制的人也是为了自己身体的健康,那也是很不错的。《养生训》上还写着“谨言慎行也是修养德行、培养自身之道”。
posted on 2008-11-30 18:11
临波 阅读(110)
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