「ビルマの音楽は雨の音をうつすことからはじまった」と、竹山道雄「ビルマの竪琴(たてごと)」にある。いつもは竪琴の調べにも似て、雨は蕭条(しょうじょう)と降るのだろう
竹山道雄的‘缅甸竖琴’中有这样一段“缅甸的音乐是从描写雨的声音开始的”。那是说雨总是萧瑟的下着就和竖琴的音调很相似吧。
弦を断ち切るような豪雨と暴風がミャンマー(ビルマ)を襲った。サイクロンの死者は10万人を超えるという。家屋の95%が倒壊、消失した被災地では、音楽はおろか、悲鳴や嗚咽(おえつ)さえ途絶えた沈黙の村もあるに違いない
像是割断了琴弦般的大雨以及暴风袭击了缅甸仰光。据说热带低气压造成的死亡人数已经超过了10万,在95%的住房倒塌,消失的受灾地,不要说音乐了,那肯定是连悲鸣以及呜咽都听不到的沉默的村子。
疫病と飢えが被災者に刻一刻と迫り来るいま、軍事政権は不可解にも、各国の人的支援を拒みつづけている。国情をつぶさに知られたくないからか、人命よりも政権の体面が大事らしい
疾病以及饥饿步步逼近受害者的现在,军事政权的做法实在是让人难以理解,竟然还在拒绝各国人民的支援。大概是不愿让他人知道详细的国情吧,似乎认为政权的体面比国民的性命还重要。
人の心にも竪琴がある。住む家もないお年寄りや腹をすかせた子供たちに涙して鳴る琴線は、諸外国の人々でも持っている。同じ国の、ましてや政治に携わる者が持たずして、どうやって国を治めていくのだろう
人们的心中也有一把竖琴。无家可归的老人以及饿着肚子的孩子们哭泣所奏响的琴弦,即便是外国的人们也能感受到,更何况是同一个国家从事政治的人们却毫无所觉,你们到底是如何治理国家的呢?
「ここにあるのは花と音楽と、あきらめと、日光と、仏様と、微笑と…」。人々の心静かな生活を語った「ビルマの竪琴」の一節である。微笑も音楽もなくした国民に残されたものが絶望のあきらめだけならば、為政者を名乗る資格はない。
“这里有鲜花与音乐,达观,日光,佛,微笑……”。这是讲述了人们心平气和生活的‘缅甸竖琴’中的一段。若是留给失去了微笑以及音乐的国民的只是绝望念头的话,那么自认为是执政者的人也失去了执政资格。
posted on 2008-05-09 17:22
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