与謝野晶子が関東大震災で詠んだ歌がある。〈誰みても 親はらからの ここちすれ 地震(ない)をさまりて 朝に到(いた)れば〉。被災者の誰を見ても親のように、はらから(兄弟姉妹)のように思えると
与謝野晶子在关东大地震中吟咏过这样一首和歌“放眼皆是父母兄弟姐妹,心心相连,地震平息了,清晨到来了”。那是说看到受灾者都觉得像是亲人般,兄弟姐妹般。
晶子の昔に限るまい。「阪神・淡路」で「中越」で身をもって震災を経験した人がいる。そうでない人もいつか、いや明日は被災者にならぬとも限らない。地震ほど、ひとの悲しみが身に惻々(そくそく)と迫る災害はないだろう
晶子的这话并不仅限于以前。经历过‘阪神・淡路’,‘中越’地震的人们都有这样的经验。没有亲身经历过这些地震的人不知何时,也许就在明天都有可能会成为受灾者。没有比地震更让人们能感同身受他人悲伤的灾害了吧。
「高き岸は谷となり、深き谷は陵(おか)となる」。中国の古典「詩経」の一節が、ふと脳裏をよぎる。中国四川省で発生した大地震による死者が1万人を超えたという。そのひとりひとりに親がいて、子がいて、兄弟がいて、友がいて、人生の夢があった
‘高岸为谷,深谷为陵’。这是中国古典《诗经》中的一段,突然就闪过了我的脑海。据说中国四川省发生的大地震造成了超过1万名的死亡人数。他们每个人都有父母,都有孩子,兄弟,朋友,也有人生的梦想。
近代化という地殻変動のなかで中国にはいま、富豪の「陵」と貧者の「谷」が生じ、格差のひずみが拡大している。政府が震災への対応をひとつ誤れば、民心の不満に火がつき、政権の安定が揺らぐもとにもなる。政治的な余震からも目が離せない
在‘现代化’这一地壳运动中,中国现在已经产生了富豪的‘陵’和穷人的‘谷’,这种差距所产生不良影响在扩大。政府若是对地震的处置有任何失误的话,将会在民心的不满上点上火,从而动摇政权的安定。也不能让眼睛从政治上的余震中移开。
いまはただ、瓦礫(がれき)と土砂に埋まった人々の一刻一秒も早い救出を、「親はらからのここち」で祈るばかりである。
现在只有不断的用‘父母兄弟姐妹的心情’去祈祷尽快将被掩埋在瓦砾和土砂下的人们拯救出来。
posted on 2008-05-14 16:48
临波 阅读(71)
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