愛する者よ、みずから復讐(ふくしゅう)するな、神の怒りにまかせよ――とは新約聖書「ロマ書」の一節である。「主は言いたもう、復讐するは我にあり、我、これに報いん」と
亲爱的人啊,不要自己去报复,听凭神发怒吧——这是新约圣书《罗马书》中的一段。当中写道“主说,复仇的事情就交给我吧,由我去报复吧”。
『主いい給う。復讐するは我にあり、我これを報いん』:
要するに、復讐は神のすることであるから人間が勝手にそれをすることは許されないというような意味である。
この言葉を法治国家の刑事事件にあてはめれば、被害者遺族になりかわって怒り、復讐してくれる「我」とは「法」をおいてない。だから遺族は深い悲しみに耐えて裁判を傍聴し、法の裁きを見届ける
这个语言若是应用于法制国家的刑事事件上的话,那么代替被害者家属发怒,报复的‘我’应该也就是指‘法律’了。因此那些家属强忍着深深的悲痛旁听审判,一直看到最后的法律的裁决。
犯人が自殺した事件の被害者遺族は頼みの「法」に怒りを、復讐を、ゆだねることもできない。倉本舞衣さん(26)、藤本勇司さん(36)のご家族はいま、なきがらにすがっては身を震わせるばかりだろう
犯人自杀事件的被害者家属无法将怒气,复仇委托给所信赖的‘法’。倉本舞衣(26岁)、藤本勇司(36岁)的家人现在肯定是紧搂着他们的遗体愤怒得整个身体也在颤抖了吧。
長崎県佐世保市のスポーツクラブで散弾銃を乱射した男(37)がきのうの朝、市内の自宅近くで自殺しているのが見つかった。男は事件当日、友人の藤本さんをクラブに誘い出し、犯行におよんだという
在長崎県佐世保市的体育俱乐部乱射霰弹枪的男性(37岁)昨天早上被发现在市内自己家附近自杀了。据说该名男性在事件发生当天,邀请朋友藤本到俱乐部然后犯下了罪行。
二人の間にいかなるトラブルがあったのかは分かっていないが、おびただしい数の散弾を浴びて殺されねばならない理由など、あるはずもない。ましてや、その場に居合わせた従業員の倉本さんに、何のかかわりがあるというのか
虽然我们无法得知二人之间是否有什么纠纷,但应该也没有使对方必须遭受许多霰弹射杀的理由。更不要说正好在场的工作人员倉本了,那又与她有什么关系呢?
死出の旅を選ぶのならば、黙って、静かに、ひとりで去れ。復讐はもはや法の手がおよばない神の手の領域にあるとは知りつつも、犯人を憎む。その蛮行を憎む。はびこる銃を憎む。
若是你想选择死亡的话,那就默默的,静静的一个人去吧。虽然知道复仇已经是处于法律的手段无法触及的神的领域中,但我还是憎恨犯人,憎恨那种野蛮的行为,憎恨猖獗的枪支。
posted on 2007-12-16 17:00
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