辞書のなかに「戻り年賀」という言葉を見つけたとき、ほんの少し気分が軽くなった覚えがある。日本国語大辞典には、「年賀状を受け取ってから、その相手宛(あて)に出す年賀状」とある
我在词典中看到‘回复贺年卡’这个词语的时候,有一点心情变轻松的感觉。在日本国语大辞典中是这样解释的“收取了他人的贺年卡后,再回复给对方的贺年卡”。
大みそかの晩から筆をとる札付きの「戻り年賀」組で、出した賀状が届かぬうちに仕事始めで相手と顔を合わせ、たびたび気まずい思いをした。「もうすぐ届きますので」と余計なことを言って、さらに形勢を悪くしたこともある
从大年三十晚上开始写的付有名字的‘回复贺年卡’组中,若是在开始工作了发出的贺年卡却还没有到达对方手中的话,那么每次和对方碰面都会感到不舒服的。“很快就会到了”如果还说些多余的话,反而使形势变得更差的时候也是有的。
そういう言葉があるところをみれば、世に同憂の士は少なくないと察せられ、いくらか救いになる。どなたの命名か、「無精年賀」や「無礼年賀」とは呼ばず、「戻り年賀」の風雅な響きがありがたい
在看到了有那样的语言后就能推断社会上同忧之士还是很多的,多少得到了些安慰。这名字是谁取的呢,不叫‘懒散贺年卡’,‘失礼贺年卡’,而是‘回复贺年卡’,这一风雅的说辞还是很值得欢迎的。
とはいえ、今年は年賀はがきの売れ行きが好調で、発行枚数は2年ぶりに40億枚を超えるという。仕分けも配達も昨年以上に込み合うだろう。手つかずのはがきの束を前に、気ばかり焦る年の瀬である
虽说如此,但据说今年的贺年卡销售情况很好,时隔2年发行数量再次超过了40亿张。无论是分类还是邮递都要比去年更繁忙吧。现在是面对那一捆还没使用的明信片,一个劲焦急的年底。
江戸期の儒学者、荻生徂徠(おぎゅう・そらい)は若いころ、尊敬する伊藤仁斎に教えを請う書簡を出したが返事がもらえず、一生恨み通したという。評論家、谷沢永一さんの「文豪たちの大喧嘩(おおげんか)」(新潮社)に教えられた
评论家谷沢永一的《文豪们的大吵架》(新潮社)中告诉道:据说江户时期的儒学者荻生徂徠在年轻的时候,曾向尊敬的伊藤仁斎寄出了请教的书简但并没有得到回音,因而遗恨终生。
年賀状で恨み通す人はあるまいが、気まずい思いはしないに越したことがない。今宵(こよい)、机の前で、ひと踏ん張りなさるのもよろしかろう。…と、ひとのことは言える。
虽然并没有因为贺年卡而遗恨终生的人,但最好还是没有不舒服的想法。那么用一句话说,不妨今天晚上在桌子前,再加一把劲努力去写吧……
posted on 2007-12-27 13:20
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