和菓子は伝統的な日本のお菓子で、洋菓子は西洋式のお菓子です。今日は何種類かの和菓子を紹介しましょう。
「羊羹」(ようかん)

もともとは中国の料理で、読んで字のごとく羊の羹(あつもの)であった。
これは羊の肉を煮たスープの類だが、冷めることで肉のゼラチンによって固まり、自然に煮凝りの状態となる。
本来、羹は「こう」と読まれており、「ようかん」という読み方は「ようこう」が変化したものであるとされている。
「桜餅」(さくらもち)

桜餅(さくらもち)は、桜の葉を用いた和菓子の一つ。
桜色に色づけされた生地で小豆餡を包み、塩漬けした桜の葉で包んだ餅菓子。
葉で包むことでその芳香を生地に移して桜の風味を楽しむ。
「柏餅」(かしわもち)

柏餅(かしわもち)は、平たく丸めた上新粉の餅を二つに折り、
間に餡をはさんでカシワ又はサルトリイバラの葉などで包んだ和菓子である。
餡の種類は、粒餡、漉し餡のほか、みそ餡がポピュラーである。
5月5日の端午の節句の供物として用いられる。
カシワの葉は新芽が育つまでは古い葉が落ちないことから、
子孫繁栄(家系が途切れない)という縁起をかついだものとされる。
「大福」 (だいふく)

大福(だいふく)は、小豆でできた餡を餅で包んだ和菓子の一種。
大福餅(だいふくもち)とも。
餅に豆やヨモギを加えたものや、
餡の代わりにイチゴやカスタードクリームを入れたものなどさまざまなバリエーションが存在する。
そのまま食べることが多いが、好みによって焼いたり、汁粉に入れたりする。
大福を自宅で作る際は、餅に砂糖を混ぜておくと硬くなりにくい。
しかし効かせ過ぎると、くどくなるので注意が必要である。
工場で生産され、流通経路を介して販売される製品も同様の傾向がある。
大福餅は、腹持ちがよいことから腹太餅(はらぶともち)、大腹餅(だいふくもち)と呼ばれていたものが、
吉字を使った大福餅に変化したという。
「花見団子」(はなみだんご)


「最中」 (もなか)
最中の原型は、もち米の粉に水を入れてこねたものを蒸し、
薄く延ばして円形に切りそろえたら焼き、仕上げに砂糖をかけた干菓子といわれている。
これを使って餡を挟んだ菓子が江戸時代に考案されたが、
その後餡を挟む方法に改良が加えられ、明治以降に今も使われている皮が完成されたが、
元が菓子だったことから特別に「皮種」と称されている。
やがてこの形が全国的に広められていき、現在では各地で色々な種類の最中が銘菓として売り出されている。
「銅鑼焼」(どらやき)


「鯛焼き」(たいやき)
たい焼き(鯛焼き、たいやき、タイヤキ)は、
小麦粉、砂糖、重曹などからつくった生地を魚の鯛をかたどった焼き型に流し入れて焼き、
片側に餡(小豆のアンコ)をのせて両側を合わせて焼く。
「花びら餅」(はなびらもち)

菱葩餅(ひしはなびらもち)は、ごぼうと白味噌餡とピンク色の餅を、餅もしくは求肥で包んだ和菓子である。
通称花びら餅。
当初はごぼうが2 本であったが、現在では1 本のものが主流である。
平安時代の新年行事「歯固めの儀式」を簡略化したもので、600年も宮中のおせち料理の一つと考えられてきた。
歯固めの儀式では長寿を願い、餅の上に赤い菱餅を敷き、
その上に猪肉や大根、鮎の塩漬け、瓜などをのせて食べていたが、
だんだん簡略化され、餅の中に食品を包んだもの(宮中雑煮とよばれた)を、
公家に配るようになり、さらには鮎はごぼうに、雑煮は餅と味噌餡を模したものとなった。
宮中に菓子を納めていた川端道喜が作っていた。
明治時代に裏千家家元十一世玄々斎が初釜のときに使うことを許可され、
新年のお菓子として使われるようになり、
全国の和菓子屋でも作られるようになった。
「草餅」(くさもち)

posted @ 2008-09-26 09:28
刘玫 阅读(295)
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