あなたは、この世界からことばがなくなった、不自由な状態を想像したことがありますか。
人間はことばを使い出してから、他の動物とは全く違った高度な文化、文明を築き上げるようになったのです。その「ことば」が、多くの人たちとの協働を円滑にするための潤滑油のような働きをしてくれるからです。
私たちは人と会えば、無視していない証しとしてあいさつをします。家を出るときは「行ってきます」と言い、出て行きます。職場では、自分のすぐれたアイデアを提案するとき、ことばで説明します。何かを売り込むときにはことばで説得します。そして交渉が成立すれば「契約ができました」と、上司に報告します。上司は、「ご苦労さん」とねぎらいのことばをかけます。「知らせる」「わからせる」「させる」「ほめる」「叱る」など、さまざまな場で、私たちはことばを発しその目的を果たしています。
人は、自分とはいろいろな意味で違う他者とともに生きています。そのため、お互いの違いを調整しながら共生しているわけです。その媒体の中心になるのが、ことばであり、話なのです。だから人間は、ことばの中で生きているとも言えます。
ハードからソフトへと移行している現代のビジネス社会では、ほとんどの場合、「人間対人間」という形でことが進行しています。ということは、ことばを抜きにしては生きることは不可能だ、ということでもあります。あらゆる人間行動は最終的にことばをともなうからです。あなたは、その大事なことばについてどれほど適切な知識と、正しい基準をもっているのでしょうか。
ことばは最初、ものごとや自分の考えを表現し、相互の違いを調整するための必要性から生まれたものです。それを長い間くり返し使っているうちに、このようなときにはこんなことばづかいを、といった方式がだんだん定着するようになったのです。そのことばが、人の心やものごとを最も適切に表現しているということは、お互いの要求を最高度に満たしてくれるために、慣習として生き残ったものと考えてよいでしょう。
逆に言えば、相手はそれぞれの場で、それに見合うことばを期待しているということでもあります。そのために、ことばの定石を踏みはずしてしまったら、相手を不愉快にさせたり対立をきたすということにもなるのです。ひとことによって発憤興起させることもあれば、命をおとすという最悪の事件に発展することすらあります。そのときどきのことばが、どのような基準をもってなされているかを知らないと、対人関係をギスギスしたものにしたり、お互いの社会生活を支えている好意や信頼を失ってしまうことにもなりかねません。
そのことばは、時代とともに多少変わってはきますが、きょう、ある意味で使っていたことばが、明日は突然違った意味になるといった、めまぐるしく変わるというものではありません。数年、数十年のスパンになるのです。そんな意味で、現在使われている敬語、ことばづかいに慣れるということが社会人としての資格になるのです。正しいことばづかいを身につけていれば、どのような立場の人とでも、必要以上に卑屈になることもなく、ゆとりをもって話せるようになるものです。
この本では、人間関係を豊かにするための、生きたことばづかい、敬語とはどんなものであるかをご一緒に考えてみたいと思います。あなたの快適な人生、とりわけ、ビジネス生活の充実のために、いくらかお役に立つことがあれば、たいへんうれしいことです。
二〇〇四年八月
posted on 2008-07-05 17:57
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