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なぜだか、床にぺたんと座り込んでいる。
...気分でも悪いんだろうか?
近づこうとして、彼女が熱心に本を読んでい
るのに気づいた。
サボりだろうか?
こんな時間に教室にいないのは、俺か春原ぐ
らいだと思っていた。
俺のことには気づかず、彼女は本を読み続け
ている。
と、ページをめくる手が止まった。
何か見つけたらしい。
なぜかハサミを取り出した。
本のページに刃を当てて、何秒かの間動作を
止める。
何かを念じるかのようだった。
そして。
じょきじょきじょき。
ためらうことなく、本を切り抜いていった.
..
朋也「ちょっと待て、こらっ」
思わず駆け寄ってしまっていた。
少女「?」
手を止めて、俺の顔を見上げる。
なぜだか、彼女は素足だった。
上履きも靴下も、脱いだまま床に置かれてい
る。
その周りに、彼女のものらしい巾着袋と本の
山...
さらによく見れば、どこから見つけてきたの
かクッションまで敷いていた。
真剣なまなざしと、自分の家のようなくつろ
いだ格好が、不釣り合いだった。
朋也「それ、図書室の本だろ?」
少女「??」
何事か考える。
じょきじょきじょき。
少女「はい」
切り取ったページの隅を新しく切って、俺に
差し出してきた。
少女「はしっこの方が、おいしいの」
カステラか焼き豚みたいなことを言う。
朋也「食べるのか、あんたはこれを」
成り行きで受け取ってしまった紙切れを突き
つけ、そう訊いてやる。
少女「食べないの。ヤキじゃないから」
朋也「そうだろうな」
少女「紙、食べたい?」
朋也「俺だって食べたくない」
少女「お腹、空いてない?」
朋也「いや、そろそろ腹は減ってきたところ
だ」
少女「私も、お腹空いてきたの」
朋也「......」
会話が噛みあっているようで、根本的にずれ
ている気がする。
朋也「とにかくだ」
朋也「学校の本を切り取るのはどうかと思う
ぞ」
柄にもないが、一応説教しておく。
じょきじょき。
聞いちゃいなかった。
少女「?」
朋也「いや、もういい。勝手にしてくれ」
渡されたページの切れ端を、床に放った。
ついでに、少女の周りに置かれている本をそ
れとなく眺める。
いちばん厚い本の表紙には、『宇宙物理学~
その歴史と展望~』と書かれていた。
俺が読んでも、1行も意味がわからないだろ
う。
こんな図書室には似つかわしくないぐらい、
専門的で高価そうな本ばかりだ。
よく見ると、『県立図書館蔵書』と印がおし
てある。
朋也「......」
そもそも学校の本じゃなかった。
朋也「あのなあ...」
思わず髪を掻きむしる俺。
朋也「『みんなのものは大切に』って、子供
の頃親に言われただろ?」
少女「??」
また何事か考える。
巾着袋の中から、何か箱のようなものを取り
出し、ぱかっと蓋を開ける。
少女「お弁当」
朋也「......」
少女「とってもおいしいお弁当」
聞いてないっての。
少女「私の手づくりなの」
少女「今日のメニューは、出汁巻き卵と肉じ
ゃがとほうれん草と煮豆なの」
少女「特にこの辺が自信作」
タッパーの中を指さす。
朋也「たしかに、うまそうだけどな...」
図書室は、飲食禁止だった気がする。
それ以前に、今は授業中だったような気もす
る。
少女「食べる?」
朋也「いや、そうじゃなくてだな...」
少女「今日のは、粘土じゃないから」
朋也「...普段は粘土で作った弁当を食っ
てるのか?」
少女「食べないの。お腹こわすから」
少女「粘土、食べたい?」
朋也「俺だって食べたくない」
少女「お腹、空いてない?」
朋也「いや。そろそろ腹は減ってきたところ
だ」
少女「私も、お腹空いてきたの」
会話が噛み合わない上に、ループしてるよう
な気がする。
朋也「ちょっと待て。俺はだな...」
少女「食べる?」
俺の目をまっすぐに見て、もう一度訊いてく
る。
少女「食べる...?」
どこか心細そうな声。
窓から入ってくる風に、子供っぽい髪留めが
ふわりと揺れる。
なぜだか少し、罪悪感を覚えた。
1.食べる
2.断る
1.少しだけ、もらうな」
彼女は安心したように、こくりと頷いた。
少女「いただきましょう」
少女「いただきます」
きちんと手を合わせ、ぺこりとお辞儀をする
。
少女「あーんして」
朋也「あーん」
朋也「...って、初対面なのにそんな恥ず
かしいことできるかっ!」
少女「???」
なにが恥ずかしいのか、わからないらしい。
朋也「はあ...」
この少女の浮世離れっぷりは、只者ではない
気がする。
少女「ええと...」
少女「でも、お箸、一膳しかないの」
少女「どうしよう...」
俺は肉じゃがをひとつ、指でひょいっとつま
んで、口に入れた。
よく噛んで食べる。
冷たいけれどよく味が染みている。
これが手作りなら、かなり料理上手だと思う
。
少女「お...」
少女は何か言いかけて、もう一度俺の顔を見
た。
少女「おいしい?」
朋也「まあまあ、だな」
答えると、かすかに微笑んだ。
少女「もっと食べる?」
その時、昼休みのチャイムが鳴った。
もう15分もすれば、予習をする生徒でここ
も混み合うはずだ。
そう量が多くない弁当を、これ以上もらうわ
けにもいかない。
朋也「邪魔したな」
それだけ言って、彼女から背を向けた。
少女「ええと...」
何か言いたそうにして、ためらったのがわか
った。
少女「また、明日」
それだけ聞こえた。
俺は肩越しにひょいっと左手を上げて、図書
室を後にした。
昼休みになっているというのに、春原はまだ
自分の席で眠ったままでいた。
朋也「おい、起きろっ」
春原「ん...?」
春原「え、授業終わったの?」
朋也「とっくの昔にな」
春原「昔って...どのぐらい?」
朋也「そうだな、100年は経ったな」
春原「あはは、おまえ、死んでるじゃん」
朋也「ああ。立体映像なんだ」
春原「えっ、マジかよっ」
朋也「ああ...春原、おまえはあれから1
00年眠り続けていたんだ」
春原「つーことは...ここって、100年
後の未来なのかよ...」
春原「世界は、どうなってるんだ...?」
朋也「滅びた」
春原「マジかよっ!」
朋也「ああ、だから、最後に昼飯をおごれ」
春原「あ、ああ...おごるよ...なんだ
ってしてやるよ...」
春原「そうなのか...世界は滅びたのか.
..」
春原「父さん、母さん...最後まで馬鹿や
ってて、ごめんよ...」
朋也「いいから、早くおごれって」
春原「僕、ひとりでも...強く生きていく
よ...」
朋也「早くおごれってのっ」
ガスッ。
春原「うぉぅ、立体映像に蹴られたあぁーっ
!!」
春原「てめぇ、立体映像じゃねぇだろぅ!未
来ってのも、嘘かぁっ!」
朋也「実はサイボーグなんだ」
春原「じゃ、世界は...?」
朋也「滅びた」
春原「マジかよっ!」
春原「父さん、母さん...最後まで馬鹿や
ってて、ごめんよ...」
春原「僕、岡崎サイボーグと力を合わせて、
生きていくよ...」
朋也「どっちかというと、俺、妨害するほう
だぞ」
春原「なんでだよっ!」
春原「くわーっ、相変わらず混んでやがんな
...」
朋也「出るのが遅かったからな」
春原「おまえの壮大な嘘のせいでねっ」
朋也「あんなの信じるな、馬鹿」
春原「こっちは寝ぼけてるんだから、信じる
よっ」
朋也「ほら、早くおごれよ」
春原「もう、おごる理由ないっしょっ」
朋也「ちっ」
春原「馬鹿なこと言ってないで、とっとと座
る席作ろうぜ」
朋也「どうやってだよ」
春原「一年連中をどけるに決まってるだろ」
春原「はい、ここ、僕たちの席ねーっ」
座って歓談していた一年連中に向かって、に
こやかにガンを飛ばす春原。
朋也(こんな奴と一緒にされたくない...
)
俺は自分の分の食券を買い、それをきつねう
どんに替える。
それを持って、隅のほうに空いていた席に腰
を下ろす。
春原「って、おい、岡崎っ」
春原「向こうの席、空けてた途中なのによっ
」
定食の盆を持って春原が追いかけてきた。
春原「はい、ここ、僕の席だから、どいてね
ーっ」
今度は俺の隣に座っていた男子生徒をどけよ
うとする。
男子生徒「あん?」
だが、そいつは同じ三年のラグビー部。
ラグビー部員「なに、俺たち食ってる途中な
のに、どけって?」
春原「い、いや...一年かと思って...
」
ラグビー部員「一年だったら、食ってる途中
でもどけるんだな」
春原「いや、しないしない...」
ラグビー部員「僕、この前、この人に食って
る最中にどけられたッス!」
同席していたラグビー部の一年がそう高らか
に告げていた。
春原「あっ、てめぇ、何チクッてんだよっ!
」
ラグビー部員「よし、よっく、わかった。ち
ょっと裏、行こうか」
春原「ひぃっ、誤解っす!」
首根っこを掴まれ...
春原「う...」
うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ
ーーーーーーー...
ずるずると引きずられていった。
学食で昼食をとり終えると、早々にその場を
立ち去る。
朋也(ふぅ...騒がしかった...)
女生徒「見て、あの子」
女生徒「ほら、あそこ」
窓際にいた女生徒が窓の外を指さして、隣の
連れに話しかけていた。
女生徒「ひとりで、パン食べてる。なんか、
一生懸命で可愛い」
女生徒「どこのクラスの子だろ。あんまり見
ない子だね」
それだけで想像がついた。
同じように窓から中庭を見下ろすと、石段の
縁に座り、ひとりパンを食べている少女の姿
。
あいつだった。
1.中庭に下りる
2.放っておく
1.朋也(春原もしばらく帰ってこないだろ
うし...行ってみるか...)
朋也「よぅ」
俺は近づいていって、声をかけた。
朋也「どうして、こんなところでひとりでい
るんだ」
ぽくぽく。
朋也「ん?」
なるほど...確かにあんパンを食べている
。
ぽくぽく。
朋也「なぁ、聞いてるか?」
女の子「ごめんなさいです...今、ご飯中
ですので」
食べるのを止めて、それだけを答えた。
朋也「そっか...」
隣に座って待つことにする
先ほど見下ろしていた場所をここから見上げ
ることができる。
今はもう、誰もこっちを見ていなかった。
あんパンを食べ終わると、牛乳パックを口に
してそれも飲みきる。
女の子「......」
朋也「......」
女の子「...あの、なんでしょうか」
朋也「ん?ああ」
朋也「どうして、こんなところでひとりで昼
飯食ってるのかなって」
女の子「この学校は好きですか」
聞いたことのあるセリフ。今度は俺に向けら
れていた。
朋也「いや、取り立てては」
女の子「そうですか...」
女の子「わたしはとってもとっても好きです
」
女の子「でも、なにもかも...変わらずに
はいられないです」
女の子「楽しいこととか、うれしいこととか
、ぜんぶ」
女の子「ぜんぶ、変わらずにはいられないで
す...」
すべて、昨日の朝、聞いたセリフだ。
朋也「それで、この場所が好きでいられなく
なったのか」
最後の言葉は俺が言っていた。
女の子「はい、そうです」
朋也「具体的に言ってくれよ。なにがなんだ
かわからない」
女の子「病気でずっと休んでいたんです」
朋也「あんたが?」
女の子「はい」
朋也「どれぐらい?」
女の子「長い間です」
朋也「ふぅん...それで?」
女の子「もうこの学校は、わたしが楽しく過
ごせる場所じゃなくなってたんです」
朋也「それでもよくわからないな...」
朋也「友達とかいたんだろ?」
女の子「友達と呼んでいいのかわからないで
すけど、話が出来る人は少しだけいました」
朋也「別に仲は深くなくていいよ。いたんな
らな」
朋也「つまりこういうことだ」
朋也「長い間休みすぎたから、友達とも話し
づらいと。自分がいない間に、結束が固まっ
ているようで」
朋也「そうだろ?」
女の子「......」
朋也「でもあんたの友達ってさ、そんな薄情
な奴らなのか?」
朋也「普通、どれだけ時間が経ってもさ、快
く迎えてくれるもんだけどな」
女の子「迎えてくれないです」
朋也「そら薄情な奴らだな」
女の子「...いえ。悪いのは、長いこと休
んでいたわたしのほうなんです」
女の子「だって、彼女たちと過ごした時間は
ほんの少しで...」
女の子「今はもう、この学校にはいないんで
すから」
朋也「...え?」
朋也「どうしてさ」
女の子「みんな卒業しました」
女の子「今年の春に」
朋也「......」
朋也「...あんた、どれだけ休んでたの」
女の子「九ヶ月です」
朋也「なるほど...」
ひとりきりの転校生。
そんな気分なのだろう、彼女にしてみれば。
女の子「浦島太郎の気分を味わいました」
そういう表現もできるか...。
女の子「だからひとりで昼ご飯を食べていま
した」
朋也「了解。もういいよ。よくわかった」
女の子「はい」
......。
どうしたものだろうか...。
遠慮なく、話を聞きすぎたような気がする。
1.もう立ち去る
2.まだ話を続ける
2.ここまで聞いておいて、じゃあ、がんば
れよ、と言って立ち去るのも気が引けた。
ーーぜんぶ、変わらずにはいられないです.
..
俺は、その言葉を思い出していた。
朋也「...当然だ。時間は進んでいくんだ
から」
女の子「はい?」
朋也「昨日も言ったよな、俺」
朋也「変わらないものはないんだから、また
別の形で楽しみを作ればいいんだよ」
朋也「友達、作ればいいじゃないか、また新
しく」
女の子「時期が時期ですから、みんなそうい
う雰囲気じゃないです」
朋也「三年生だったか...」
確かに...。
この受験を目前に控えた時期に、好んで友達
を増やしたいと思う奴はいない。
朋也「あ、部活は。部活は入ってなかったの
か」
思い出したように訊く。
女の子「入ってないです」
朋也「そっか...」
女の子「でも、入りたいクラブはあります」
朋也「よし。それは、なんだ?」
女の子「演劇部です」
朋也「演劇ね...あったかな、うちの学校
に...」
女の子「ありました。一年前には」
朋也「そっか...」
朋也「よし、じゃ、放課後、見に行ってこい
よ。部室」
女の子「......」
朋也「どうしたいだろ?」
女の子「はい、そうしたいです」
朋也「じゃ、頑張らないとな」
女の子「はい。頑張りますっ」
俺の後押しがきいたのか、ぐっ、と手を握っ
て意を決した。
春原「ただいま...」
朋也「おまえ、泣いてる?」
春原「泣いてなんかないやいっ」
朋也「あ、そ」
窓の外を見る。
朋也「ふぅ...」
俺は昼休みに会った女の子のことを思い出し
ていた。
朋也(しかし不憫な奴だよな...)
本人は浦島太郎だとか言ってたけど...実
際そんな気分なんだろう。
考えてみればいい。部活にも入っていなけれ
ば、後輩との関わり合いなんてない。
この学校で彼女が知っている人間と言えば、
教師以外にはいないのだ。
朋也(放課後か...)
演劇部の連中は、あいつを快く迎え入れてく
れるのだろうか...。
三年といったら、もうクラブも引退寸前なの
に...
それをこれから頑張ろうなんて...他人の
目にはどう映ってしまうんだろうか...。
朋也「ん...」
みんなが一斉にかりかりとシャーペンの音を
立て始めたことに気づく。
ーー時期が時期ですから、みんなそういう雰
囲気じゃないです。
朋也(俺とて、そうなんだけどな...)
何をやっているんだか。
俺は授業も聞かずに、ずっと外の風景を見て
いた。
五時間目の授業が終わる。
退屈な授業も、残すは一時間。
春原は椅子の背もたれに後頭部を載せて、豪
快な格好で寝ていた。
朋也(よく、滑り落ちないもんだな...)
話し相手もいないので、また窓の外に目を向
ける。
朋也「...ん?」
先ほどまではなかった光景が、そこにはあっ
た。
今、坂を登ってきたのか、バイクが2台、校
門の近くに止まっていた。
ライダーは二人ともノーヘルで、若い男だと
いうことがここからでもわかる。
そのうちのひとりが、手を振って合図する。
2台のバイクは、爆音をあげながら校内の敷
地内を暴走し始めた。
確か、去年の暮れにも似たようなことがあっ
た。
その時の犯人は、近くの工業学校の生徒だっ
た。
町一番の進学校というのが、そんなに気に入
らないものなのだろうか。
春原「あ、なになにっ」
春原の体がいきなり目の前に現れる。
朋也「てめぇ、人の机の上に乗るな」
春原「いいじゃん。お、すげぇ、爆走」
その騒音を聞いて、他の男子も、何事かと窓
際に集まり始めていた。
...鬱陶しいこと、この上ない。
1.避難する
2.成り行きを見守る