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いい加減にしろよ、僕は誰に言うのでもなく呟いてみた。自分に対してなのか、他人に対してなのか、それとも世間に対してなのか自分でもよくわからない。あるいはここまで僕を追い詰めている彼女の幻影に対してなのか、いや、それだけは考えたくない、考えちゃいけない。考えたところでどうにかなるわけでもないし、新鮮な彼女の思い出をけなすことになるだけだ。それは万死に値する恋なのだ。いい加減にしろよ、また呟いてみた。今度ははっきりと自分に対してだ。ふと顔をあげると、町並みはすっかり夕暮れの景色のなかに遂げこんでいた。いつもと見慣れた光景だった。早朝からの力仕事を終えて家路に着くと、大体これぐらいの時間になる。特にこの時期はまだ日が高い。道の前方にはかすんで大きく繰り上がった夕日が僕の帰りを待ちわびている彼女の顔と重なって、涙をこぼすことが日課となっている。だから、余計に夏がつらいのだ。以前だったら、僕に満足感を与えてくれた町の人波も今では嫉妬の対象でしかない。ふん、早く帰らなくちゃ、彼女の思い出が待っているアパートへと、僕は足を急がせた。いつもの通いなれた道、その道をどう誤ったのか、気づくと袋小路に突き当たっていた。おかしいなあ、どこで間違ったんだろう、このあたりの地位はよく知っている、道に迷うはずもない、しばらく茫然と考えながら立ち尽くしていると、ふと、目の前の看板に目を奪われた、不思議工房と書かれてある、「ふしぎ工房?」思わず口に出して言ってみたら、ある種ばかばかしい気持ちでふっと笑いがこぼれた。おもちゃでも作って売っているのか、それにしては、ただの古臭い木造の家屋だし、看板だって、戸板に筆で殴り書いたような字だ。むしろ空手道場のほうがよく似合う。大体なぜ不思議がひらがななんだ。普通に考えたら、住宅街のど真ん中にこんな看板を掲げた店があったら、だれもが不思議どころか不思議を思うに決まっている。なぜどうどうとこんなところに存在しているんだ、怪しすぎる、そんな考えを巡らしていたら、止まらなくなった、しかも不思議という言葉を連行するようで恐縮してしまうが、ほんとに不思議なことに、その看板を見つめていると妙に心が癒されてくる、ついと、笑いが止まった、殴り書きの文字ががぜん温かみを帯びてきて、安心感に包まれているような気さえしてきた。「ふんん、ばかばかしい」ふと我にかえってそんな気分を打ち消すように独り言を言ってみたが、体の中からわきあがってくるこの気持ちをどうにも止められない。何が止められないのか、考えれば考えれるほど、気持が高揚してくる。そうか、これは好奇心なんだ。そこに思い当って、僕は納得した。理由は明快(明解?) だ、この好奇心を満たすためには、この看板のすぐ下、玄関と思われる引き戸の向こうを覗くしかないのだ。それにしても、この抑えがたい衝動は何だ。この押し寄せてくる好奇の波は何なんだ。
posted @ 2008-06-05 23:37
prettylj 阅读(266)
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