どこをどう走ったのか、記憶は定かではないが、不思議工房にはすぐにたどり着いた。引き戸を強引に開けると、がらんとした空間に例の詐欺師の老人がカウンター越しに座っていた。僕はつかつかと老人に詰め寄った。「どういうことなのか、説明してもらおう」「おおきに召さなかったのかな」「やっぱりあなたの仕業(しわざ)だったんだな。」「仕業なんて人聞き(ひとぎき)の悪い、あなたの願いをかなえてあげたではありませんか」「彼女どこにやった?どこに連れて行ったんだ?今すぐ彼女を返せ!」「無理ですな」「なーに!」頭に血が昇って、気づいたら、カウンター越しの老人につまみかかっていた、もう理性もへったくれもない。僕は彼女を取り戻したい一心で
ひおうな老人に暴行を加える
けむのこかしていた。だが、次の瞬間僕の体はぐるっと一回転し背中と喉頭を強い衝撃を受けて動けなくなっていた。全身の骨がバラバラになったように痛い、仰向けになった視界に天井と老人の顔が見える。思わずうめき声をあげる僕に向かって、老人は吐き捨てるように言った。「まったく、なんて人だ、人の好意を仇(あだ)で返そうとするとは、おまけにか弱い老人に暴力を振るなんて、まるでちんぴらだ」暴力を振る前に、投げ飛ばされたんだ。そんなことを頭の隅で考えながら、僕は情けなさと悔しさに再び我(われ)を忘れた。畜生、力を振り絞って立ち上がると、今度は老人に殴りかかっていた、僕の心はもはや激情に押し流されて相手を打ち倒すという本能だけに支配されていた。しかし、僕の拳はあっさりと老人の左手に受け止められ、代わりの、老人の右拳(みぎこぶし)が僕の顔面に叩き込まれた。その一発で僕は既に戦意喪失(そうしつ)していたが、老人の攻撃(こうげき)は止まなかった。左右の連動を浴びながら、倒れることすら許されずに、
蝶のように万、殺される、もう
ろうとする頭の中でとっさにそう思った、いったいこの老人は何者なんだ、こんなひわそうに見える老人にたたきのめされるなんて誰が想像できただろう。確かに最初につかみかかったのは軽率(けいそつ)だった、しかし、そのなんかいでは、手心も加えることも考えたことはいたんだ。それがあんなに簡単に投げ飛ばされたあげく、情け容赦なようだまで受けるとは、このままでは、間違いなく殺される、全身も恐怖が駆け巡った、「助けて」、自分でも驚くほど、情けない声だった、死ぬことが本当に怖くなっていた。と老人の攻撃が止んだ、僕はようやく倒れることを許されて、床に傷だらけになった臭いを答えた。全身がひどく痛む。攻撃を受けたのは顔面だけではない、鳩尾(みぞおち)にもいやというほど拳を叩き込まれ、呼吸することすらままならない。骨が何本も折れているに違いない、彼女に会えないのであれば、もう死んでしまおうというつい先までの考えはとうに気失せていた。このまま老人のサンドバッグになっていれば、死ぬには絶好のチャンスとなったはずだ、でも僕には死ぬ勇気は到底なかった。あまりに情けなくて、僕はうっと嗚咽(おえつ)を漏らした。ちょっと
おうきゅうがすぎたかな、老人は埃を掃う(はらう)ように、両手をパンパンとたたいて、そして、僕を見て、にっと笑った、でもこうでもしなければ、お前そのわしの話をまとむに聞こえてしなかっただろう、ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、僕は老人の言葉に耳を傾けた。いまはそうするしか方法はなかった。ここまで、痛めつけられてはもはや逃げ出すことすらできない、老人は続けた、「お前その見たものは夢でも何でもない、現実なんだよ」その言葉を聞いて、僕は老人にすがるように言った。「じゃ、なんで彼女は消えたんだ、まるで一夜かけの夢じゃないか。そんな、ひどすぎるよ。」現実と言われて、さらに声をあげて泣いた、いい大人が恥も外聞もなく顔を涙と鼻水でくしゃくしゃにしてひたすら泣いた。「うん、なーにもわかってないようだなあ。」老人はあきれた顔をしながら、「あ~」とため息をついて、信じられないことを言いはじめた、「彼女はな、自縛霊なんだよ。「えっ」呆気(あっけ)にとられて言葉を失った。自縛霊?それって、地上のある場所に縛られて、成仏(じょうぶつ)することもできずにさまよっている霊のことか、彼女が自縛霊なのって、そんなこと信じられるわけない、先まで現実だと言ったのは嘘なのか。しかし、続く老人の言葉は僕をさらに奈落の底(ならくのそこ)へと突き落した。「そして、彼女を自縛霊にしたのはほかならぬお前さん自身なんだよ。」「そんな、何を言い出すんだ」、僕が彼女の成仏を妨(さまた)げているとでも言うのか、それじゃ、まるで僕が彼女を苦しめているみたいじゃないか、老人は僕の感情を読み通ったかのように、続けた、「そのとおりだ、お前さんは事故で彼女を失ってから、人生を転がり落ちるように、だめになっていた、仕事も辞め、嘆き暮らすだけの無気力な日々を送るお前さんを見て、彼女は成仏することはできなかった、お前さんを苦しめているのは自分だと、不幸にしているのは自分だと、彼女は思った。だから、
邪悪で通して、お前さんの部屋にずっと縛りつけられていたのだよ。」「それじゃ、彼女のずっと僕の部屋にいたというのか、この一年、ずっと」、「そうだ、毎日毎日お前さんの悲しむ姿を見て、彼女は
~~なき暮らしていた。そうとも知らずに、お前さんはほんっとうにおめでたい男だよ」、「じゃ、僕は彼女に気づかなかっただけ、それはそうだろう、霊といったって、だれにでも見えるわけじゃない、彼女も何度もお前さんに訴えていたはずだが、どうやらお前さんが霊感がないばかりか、人の言葉に耳を傾ける気力さえない。当然彼女の声はお前さんには届いてはいなかっただろう。」そこで昨晩のことを思い出した。彼女はしゃべることができなかったわけじゃない、彼女の声が僕には聞こえなかったのだ。ぼくは愕然とした、「可哀そうだとは思わないか、彼女は成仏することもできずに一年間もお前さんの狭い部屋に閉じ込められていたんだぞ、それもお前さんの悲しい姿を見詰めながらずっとだ、それはどんなにつらく苦しいことか、わかるか、それこそまさに地獄だよ、お前さんは自分ばかりか、彼女まで不幸のどん底に突き落としていたんだ。」衝撃が全身を貫いた、僕は自分だけが不幸だと思っていた、その僕が死でからの彼女を苦しめて不幸にしていたというのか、そんな、そんな、だったら、僕はいったいどうすればよかったんだ、不意に老人の口調がやさしく変わった。「行ってやりなさい」。僕は「へえ?」というげで、老人を見上げた。先までとはうって変わって、やさしい目をして微笑んでいる老人の顔がそこにあった。「彼女はお前さんの部屋で待っている。今のお前さんには彼女の言葉が届くだろう。そして、お前さんも自分が何をすべきかもうわかっているはずだ」、もうなにも迷うことはなかった。僕は力を取り戻したかのように、勢いよく立ちがると老人にかける言葉も忘れて駆け出そうとした。「待って、忘れものだ、」そう言って慌てふためく僕に老人は小さな封筒を渡して起こした。表に請求書と書いてある。それをズボンのポケットに無理やり突っ込んでから、老人に向かっていた、「ありがとう、一生かけても払いますから、僕は不思議工房を後にすると、無我夢中で駆けだした。不思議と体の痛みも消え失せていた。
posted on 2008-06-11 18:03
prettylj 阅读(68)
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