川大外教布置的作文,800字。
世間の常識に疑問を感じるのはとても大切だと思います。勿論、常識もとても大切なことです。例えば、「人を殺してはいけない」とかです。しかし、これから述べるのはそういった道徳や礼儀に関することではなくて、物事の考え方に関することです。
常識に疑問を持つことは新しい発見につながっています。ニュートン以外の人々は、「宇宙と地上は別の物理法則が支配する」という固定観念の枠の中で物事を考えていました。大多数の人々は「常識で考えた」わけです。しかし、ニュートンはリンゴが落ちるのを見て、これはリンゴと地球が互いに引き合っているから起きた現象ではないかと考えました。とすると、この宇宙にある全てのものにお互いに引き合う力が働くのではないか、と拡大解釈します。すると、太陽・地球・月などを動かしているのも、実はこの物が互いに引き合う力なのではないか、というところまで考えたのです。要するにリンゴと地球が引き合うのと同様に地球と月も引き合っているのではないかと考えたわけです。つまりニュートンは「常識を考えた」訳です。もしニュートンが常識で考え続けていたら、万有引力の発見などあり得なかったことは、容易に想像できるでしょう。
「夜空の星がまたたくのはなぜ?」、「山は太陽に近いのになぜ寒い?」、「なぜ木かげは涼しいのか?」、「眠くなるとなぜあくびが出る?」、「泣くとなぜ目がはれぼったくなる?」、「寒いと身体が震えるのはなぜ?」、「なぜアルファベットの最初は“A”なのか?」等など、わたしもこれらの常識を考えたことを通して、新しい学びがわかりました。
物事を考える場合は、常識的発想から常識的結果を生み出したところで何の意味もありません。俗に言う「常識に囚われてはいけない」という教訓がこのことに関連しています。常識を常識だからと鵜呑みにするのではなく、なぜ常識とされているのかを理解したのち、常識に疑問を抱くことこそが、「常識に囚われていない」望むべき結果を生み出すことに繋がると思います。
posted on 2008-10-18 09:41
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