【天声人語】
2005年11月15日(火曜日)付
日本で一番古いという仏像を見たのは、2年前の春だった。奈良県明日香村の飛鳥寺の本尊、釈迦如来の座像で、3メートル近くある。7世紀の初め、女帝の推古天皇が仏師の鞍作鳥(くらつくりのとり)(止利)につくらせたという。
我在两年前的春天有幸拜见了日本最古老的佛像。那是位于奈良县明日香村的飞鸟寺的释迦如来坐像,有近3米高。据说该佛像是公元7世纪初女帝推古天皇令佛师鞍作鸟建造的。
後年火災で焼けた。修復のあとが痛々しい。しかし、一部は当時のままだという顔のあたりをしばらく眺めていると、かすかな笑みの中に古代のおおらかな息吹が感じられた。
后来曾一度被烧毁。修复的痕迹让它看起来很可怜。但在远望了一阵据说是唯一保持原貌的脸部后,从它微微翘起的嘴角我感受到了古代豁达的生气。
飛鳥寺は、大化の改新にもゆかりのある史跡だ。645年6月、豪族の蘇我入鹿(そがのいるか)を暗殺した中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)は飛鳥寺に入った。そして甘樫丘(あまかしのおか)の自邸にこもった入鹿の父、蝦夷(えみし)とにらみ合ったという。
飞鸟寺还与大化改革有些渊源。645年6月暗杀了豪族苏我入鹿的中大兄皇子入住飞鸟寺。此时入鹿的父亲暇夷正待在甘坚丘的自宅中,双方相恃不下。
その甘樫丘のふもとの遺跡で、入鹿の屋敷の一部だった可能性のある建物などの遺構がみつかった。今回発掘された柱の穴から想定される建物や塀は、小規模なものだ。しかし、94年には、すぐ近くから焼けた木材や土が見つかっている。1400年近く前の時代への想像をかきたてる発見だ。
在甘坚丘山脚的遗迹发现了有可能是入鹿住宅的建筑构架。从发掘出的柱上的沟遭推测出的建筑与墙壁都属于小型建筑。但94年曾在附近发现了被焚烧过的木材和土。这些发现勾起了人们对于近1400年前时代的想象。
「冬(ふゆ)十一月(しもつき)に、蘇我大臣(そがのおほおみ)蝦夷(えみし)・児入鹿臣(こいるかのおみ)、家を甘橿岡(うまかしのをか)に双(なら)べ起(た)つ。大臣の家を呼(よ)びて、上(うへ)の宮門(みかど)と曰(い)ふ。入鹿(いるか)が家をば、谷(はさま)の宮門と曰ふ……家(いへ)の外(と)に城柵(きかき)を作(つく)り、門(かど)の傍(ほとり)に兵庫(つはものぐら)を作る……恒(つね)に力人(ちからひと)をして兵(つはもの)を持(も)ちて家(いへ)を守(まも)らしむ」(『日本書紀』岩波書店)。この記述の通りだったとするならば、丘は砦(とりで)のようだったのかも知れない。
“冬,十一月,苏我大臣暇夷及其子入鹿在甘坚丘建起两座住宅。暇夷的住宅称作上之宫门。入鹿的住宅称作谷之宫门……住宅外侧围起栅栏。门旁修建了武器房……平时找健壮的人手拿武器看家护院”(《日本书纪》岩波书店)。照此记载来看,甘坚丘当时也许建造得就像是小城寨。
今、この丘には誰でも登れる。坂の上の見晴らし台から大和三山も一望できる。古代の権力が激しくせめぎあった舞台は、時にさらされ、穏やかな風景となって心をなごませてくれる。
如今,人们可以随意登上这座山丘。并可以在坡上的观景台欣赏到大和三山尽收眼底的美景。古代激烈争权夺势的舞台,经过岁月的流逝已化作恬静的风景使欣赏它的人心境平和。
posted on 2005-11-26 20:23
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