这些天没有过多地关心下圣火,因为知道那是必胜的。国内媒体的报道肯定是正面的,因为全中国人心往一处想劲儿往一处使,奥运会不会有闪失。
外国メディアの反応も、ページや新聞を読まなくても予想できた。五輪が北京にやってきたこととは、今リレーに纏わる異常事態が本来は無関係である。イデオロギーの諍いは今に起こったことではない。一世紀にも渡る偏見や論争の矢先が聖火に転化しただけだ。
对于一个体验过资本主义制度以及“民主”的人来说,我看这种种事件的背后隐藏着的仍是冷战时代遗留下来的“社”姓与“资”姓之间的根深蒂固的自私偏见与敌意。就好比当年田径场上突然冒出个靠吃草药、靠跑野山练就一身本事的马军团,当然令投资千万讲科学训练的洋人们翻白眼了。
その動かぬ信念の一つが、報道の自由である。自由があって良い事だが、どこまで?となるとお高く止まっての理想論に終始するのがまた彼らの得意技である。中国人には言論の自由がないとは誰が言える?国の方針や大多数の国民の幸福を妨げるような「自由」を奪うことは国民の合意の上のことであろう。「民意」が「民主」の基礎であるが故に民意がそうさせたのだから文句はあるまい。
我想,如今这种似乎越来越升级的排他性民族情绪,说正常也正常说反常也反常。
正常是从一个国人的角度,经历了几百年被列强捕杀愚弄的屈辱,国人向往国富民强的强烈愿望足以压倒一切政见上的意识形态上的分歧。圣火传递中全世界华人表现出来的热情足以证明这一切是确凿无疑的。说到反常,那恰似一个初出茅庐的中学生,刚对世事一知半解就张狂得目空一切。这把火烧得好,正可以促使国人反思反思,骄兵必败,况且还没证据说你已经胜了。
日本にいた頃のことを今でも鮮明に覚えている「事件」があった。それはある日本人の親友と不意に深刻な日中問題に話が行ったときのことだった。「日本はもっとこうしないと我らが困るんじゃないか」との攻めに「それはこっちの台詞だよ」と言った調子。結局思い知らされたのは、外部世界で言う「中華思想」は何たるものかということと、中国国民が外の目には実際どう映ったかということだった。
对于周边国家,包括日本韩国东南亚,中国威胁论的含义基本源于这个日本人发明的「中華思想」一词,也就是大中国主义,中华大一统理论,其中反映了历史上受中华帝国巨大影响的周边国的心态与担心。而对历史上少瓜葛的西方国家来说,中国威胁论的内容则多与老“资”的傲慢与偏见相关。当然任何一方在指责别人时都出于自我保护,大到国家利益小到百姓价值取向无不如此。
しばしば日本語のうまい造語にうっとりする場合がある。「立場」もその一つだ。日本人、いや日本語を理解する上で極めて重要なキーワードのように思う。一昨年北京放送BBSでの日本人との論争のことを思い出す。例え中国留学で見方が普通と違う人でも、頑として他の論客の足を引っ張らないのが、さすがに「立場」論理が通った日本人に脱帽した。逆に此方は中立的なこと或いは日本理解するようなことを言い出すと、「自爆じゃないか」と言ってくる。
所以我们有时也要多些对说话人“立场”的理解。欧洲的政客们都懂得到什么山唱什么歌的道理,访华时绝对不说你不爱听的话,但一回去马上就变脸。因为他的选票迫使他不得不那样表态,因为他的百姓信奉无往而不胜的“民主”。在他们的国度里有一万条法律保障大家的衣食住行的话,他可不管你正在试行第五千条,那剩下的一半会因为给了某些人抗议示威的自由后而落空,即而损害更多中国人的利益。人,不管是大群小堆,自我的利益永远高于他人,这是万古不变的真理吧。
だから、中国の顔に泥を塗った!西側メディアは皆嘘つきだ!と怒ってからはお互いの健闘ぶりに称え合おう。皆身の為だから大変だね、正義だよ、と。まっ、こうやって世界が徐々に中国のことが分かって受容れてくれて、中国も世界の厳しさを知って歩み寄ろうとする。そうなることを願わずにいられない今日である。
posted @ 2008-04-15 17:35
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