最近気分が優れない。
理由はいろいろあるが、何年もこの仕事をやっていれば通常の人間なら誰もがそうなろう。
多くを知れば悩みも増える。
昔、漫才名家の高・範の名作にこんな一節が記憶に新しい。「学識がないって?学識がなかったら右派になれたというのかい」(没学问?没学问能当右派吗?)---この最高の風刺に、当時まだ文革余韻の中、もう満場の拍手!子供ながらも「こりゃ凄いことだ」位は分かっていた。
不条理は恐らく文明社会の理念と最も相容れないことではなかろうか。大人と子供の境目は感情に任せず理屈で相手を負かすところにあろう。相手の声に耳も貸そうとせず、力任せで自分の正当性を通そうとするやり方は、文明の二文字に似合わない。残念ながら我々の社会にはそんな酷いことが疎らではない現実がある。
インターネットの普及で、一般市民の生活は昔より大分便利になった。市民生活に密接な公的機関の不透明性もネット告知という便利なツールのお陰で改善されてきた。しかし、それをいいことに何でもネット告知が出てきた。告知すれば、電子だろうが紙だろうが法定の効力が発生とならばお構いなしだ。昨今、数多くの資格試験で全ての手続きがネットで強制されている。どれ位の市民がキーを叩けるか頭にないらしい。オンライン銀行が開通しない人は始めから試験から除外される---窓口での払い込みが認めないとは、強者の驕りなのか無神経なのか。
道を走れば予告なしに車線数が減らされ、慌てて左右に寄せ車の列を乱す経験が北京のドライバーなら誰でも持っているに違いない。それも左右寄せを余儀なくされるところに、破線が実線に変わるのだ。運が悪ければ頭上の監視カメラに撮られ即200元の罰金だ。どうしろというのか!サツに問い詰める気持ちが多々あるが、無駄だからとみんなは黙ってやり過ごすのである。そもそも路面に書かれる矢印を見ながら走ること自体危ないことで、三日前同じ場所にあった直行印がいつか消され左折に描き直されたりするから、混乱が起こらないのが不思議なくらいだ。この都市の交通秩序は一体誰が考えるのか、軍ナンバーやお偉いさんナンバーの車が勝手に警報機を付け傍若無人の運転が許されるならば、強制割り込みや反則で罰せられる一般のドライバーが時に暴れる気持ちは分からなくもない。
何年もかけ協議し関係者全員の合意を得た会場の部屋割りが、直前となってお偉いさんの頭越し指示で水の泡。秘書もドライバーもボディガードも全員入れろとなれば、いくら部屋があっても足りない。肩書きが全てを語る世の中になっているから、特権階級のパラダイスと百姓の痩せ畑が異次元空間でありながらも同棲するのだ。ルールを作った人間にルールが守ってほしいと言う願いが、遥か十億光年彼方の南十字星には届かない。だから全財産を株に投じ一夜に億万長者になろうという心を荒廃する風が吹き荒れるのか、と杞憂の季節に漠然と考えたのである。
posted @ 2008-06-28 01:07
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