メーデー二日目、早朝からどしゃ降りが続いた。外が真っ暗。窓越しに眺めると、案の定、地面が既に洪水のよう。
地面だけではない、ルーフバルコニーが溢れんばかり。屋上からの縦樋から水が流れ込み、その先樋が設けていないからプールにならざるはおかしな話。
雨の日はいつも思う、どうしてもっとマシな排水計画ができないのかと。ビルも縦樋あるか疑われるようなガラス張りの、金属パネル張りのモダンビルディングがメーンストリートに立ち並ぶ。日本ならばファサードのために内樋にするのが一般的だが、トメジ管という遮音性と断熱性能を持った製品がない中国では、やってないじゃないか首を傾げるばかり。内樋をやるには梁交わしや他の構造的設備的絡みをきれいにクリアせなきゃならんのだから、きちっとした設計や施工技術が必要だ。水を通すパイプを捻ることは都合が悪い常識が日本にはあるが中国にはないと?そんなはずはなかろう。でもファッションビルに良く見かけるあのガラス張りのキャノピーを見れば、計画排水がしなくてもいいという中国なりの常識があるように思えてくる。人の出入りに垂れ流しも良いならばどうして壁面を垂れ流してはだめか。壁面の汚れを気にするのならば安い清掃工にやってもらえば良い、メンテの手間と言ったランニングコストのことを気にもかけないようなら、何が合理的か分からなくなってしまう。
もっとも近代的な都市づくりが始まってからまだ二十年そこそこ、公共下水道と雨水の分離が恐らく都市中心部狭い範囲に留まっているのではなかろうか。道路沿いの建物から落ちた雨水が直接下水本管に繋げているところは、見る限りまだないらしい。住宅団地の中といえば、立てパイプで段々繋ぎ地面に流し、道路沿いの集水マスを伝って公共本管へ落とすと言った流し方は主流のようだ。そこで都合悪いことが起きなければ良いのだが、大雨の後は、毎シーズン必ずと言って良い位、環状線立体交差下の水溜まりで交通麻痺を起こす。ドライバーが「えいっ!」と思って乗用車を突っ込ませてはエンストを起こし大渋滞を巻き起こすのだ。それを見越してuターン逆走する度胸を見せるタクシーの運ちゃんが後になって武勇伝を乗客に吹っ掛けるのが北京ならではの夏の風物詩。
明日でも「全市○個の消防隊が急遽出動し○千台の大馬力ポンプを以て環状線の安全運行に当たり…」というマンネリニュースを聞くだろう。
かつて日本の友人に言われたときのシーンが目に浮かぶ。「え?共同溝くらいやっていないの?」と。古い町ならば難しいところあろうが新しい町を作るからどうして?どいう素朴な疑問である。
どうしてかな。考えられる理由は二つ。
1、ユーザーが求めない、つまりそのニーズがない。
良く言えば、中国の人々が大らか、些細なことに気をかけない。道路に水溜まりが出来たら、避けて通れば良い。避けても通れなくなればポンプアップが誰かがやってくれる。客も理解するから一時間待ってても文句言わない。さあ、何の問題もなかろう。
2、インフラ整備など小さな不便より鉄道や空港など、市民にとって大きな「利便」が他にいくらでもあるから、そちらにお金を回すことに誰も不満を言うまいと行政側も腹を括っては改善の兆しが一向に見えてこない。
そういえば工業製品や日常用品に至ってもそうだろう。ものの品質に厳しい市場ニーズがなければメーカーには改善の圧力が出てくる訳がない。十点満点を求める気質は我が国土に生息しないとなれば、「より高くより強く」精神がどうして根ざすのであろう。
と、冴えない胸の内を、「明日は明日の風が吹く」ので吹き飛ばそう。
posted on 2008-05-03 21:08
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