五輪が盛大に華やかに毎日のように世界を酔わせている。天才で不細工なマイケル・フェリプスが大いに貢献したことだろう。
晴れ舞台が上演し始めれば、それまでの舞台裏の苦労話は、誰も興味を示さないのも、人情か。
競技日程が半分を超したところで、すでにオリンピック史上「最も...」という盛装が着せられ始めている。
どうせ欧米人には分かるわけがないことだが、結果だけを見れば確かに史上最高レベルなのかもしれない。一方、北京をモデルにしては持たないぞという声も出はじめている。
昔受けた欧米流のプロジエクトマネジメント講義のことを思い出した。あることを遂行するに当たって、まず目標を定め、次にそれを実行に必要なサブ項目をブレークダウンしていく。その中で何をどうやるか、どの程度までやるかというサービスレベルを決める作業が極めて大事だというのだ。それが発展してストラテジーとなって、方針や行動指針を決めていく手法だ。
先日、そのサービスレベルがどうなっているのかを白人の専門家に聞かれて絶句した。最高だろうと言いたかったけどやめた。それは手順を踏んでしか物事が進まない前提でのサービスレベルであって、随時変更+実行可能という「強権」体制では、ストラテジー自体は無意味に映る場合が多い。
開会後の日本の新聞を眺めてみれば、辛口批評や「強権」というレッテルを貼って勝ったような記事が多かった。果たしてそうなのか?「強権」が他に巨悪の巣であっても、五輪には都合の良い形ではないかと、最近悟ったような感さえある。
かのシニアの偉い外人さんの言葉が耳に残る。五輪の組織体制が何が一番いいか、それは軍隊組織だろう。青天の霹靂のような響きだった。なるほど目から鱗が落ちた思いだった。軍組織は何が強いか、鶴の一声で万人が動くところだろう。それを言い換えれば「強権」ではなかろうか。
図面がなくだって、一晩で電気を引いて80機のゲートを移設してしまい、一週間足らずで禿山を森に変えてしまう。そのパワーの源は即ち「強権」にありということだ。観客数が少ないと苦情が伝えられれば、次の日に八割が埋まった。手品師と絶賛される裏には、斬って蹴る「強権」ならではの迅速決定力があった。
そう思えば、七年も掛けて満遍なく不慮のリスクまで検討して積み上げるプロマネのやり方は、空しくて仕方がない。強力な軍組織が五輪に通用するならば、これからの開催国には右に出るものがいるまい。
posted on 2008-08-17 22:55
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