道ばたに、一鉢のあじさいが置かれている。どんよりとした空の下、控えめに、ほの青くたたずんでいる。ぬれているようないないようなぼんやりとしたところも、この季節によく似合う。
どんより[3](副)―と/―する
(一)空が曇って薄暗いことを表わす。
(二)目つき・色合が濁っていて、生気がうかがわれないことを表わす。
路旁放着盆八仙花。淡淡的蓝色、不事张扬,静静地伫立于薄阴的天空之下。其似乎淡淡濡湿的朦胧之处,与此季节十分谐调。
〈ともしびの下あじさいの花は散り木の間の闇に靄(もや)はひろがる〉。21日に93歳で亡くなった近藤芳美さんが、50年前に詠んだ。
<灯火下 八仙花飘零 花树丛中 雾霭渐弥散>。这是在21日,以93岁高龄去世的近藤芳美先生,于50年前咏作的诗句。
その前年に朝日歌壇の選者となり、ほぼ半世紀にわたって務めた。74年に出版した『無名者の歌』(新塔社)は、朝日歌壇の歌から抜粋して編んだ。「無数の作品にうたいこめられているうつうつとした声と思いとを全身に聞きながらこの作業をつづけていった」。歌が織りなす「戦後史」を目指した。
せんじゃ【選者】[1]多くの 作品の 中から、 いいものを選ぶ人。
在此前一年,近藤先生成为朝日诗坛的一名评选人,他在这个岗位上工作了近半个世纪。74年出版的《无名者之歌》(新塔公司),就是将朝日诗坛中精选出的诗歌编纂而成的。“我一直都是全身心地投入,倾听这无数作品中所饱含的忧郁心声,来从事这项工作。”他的目标是以诗歌来完成一部《战后史》。
太平洋戦争の開戦のころ、一病兵として大陸前線から生還した体験を持つ近藤さんは、歴史と人間を見つめ続けた。〈寂しき日本よと思うことあれど息づく如く平和なる今日〉。新春の新聞の「新年詠」には「必ず『平和』への思いを歌うことを心に決めていた」(『歌い来しかた』岩波新書)。
太平洋战争开战之时,作为一名士兵从大陆前线生还。有此经历的近藤先生,一直都关注着历史和人类。<回想寂寞日本 感慨和平今日>。他在新春报刊的《新年咏》上写到“我决心将对‘和平’的渴望写入诗中”。 (《吟往昔》岩波新书)。
イラク戦争を憂慮しつつ述べた。「わたしたちにとって戦争が何かという問いは、人間にとり戦争とは何かという問いになり、その問いを逃れてわたしたちの生きる世界はないのであろう」(『短歌と人生 語録』砂子屋書房)。
对伊拉克战争一直深感忧虑的近藤先生说过“对我们而言战争为何物,这个问题如今已成了‘对人类而言,战争为何物’这样的问题。如果逃避这个问题,那我们生存的世界就将不复存在吧。 (《短歌与人生 语录》砂子屋铺书房)。
こうした時代への直視の底に、豊かな叙情性が流れていた。〈たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき〉。言葉から香気がたちのぼり、音が響き始める。その若き日の調べは、人生の最終楽章でも鳴り響いていただろう。
しらべ【調べ】音楽を奏すること。詩歌をうたうこと。音律の調子。また、楽曲。
在近藤先生直视时代的最深处中,流淌着其丰富的抒情性。<转瞬间 你的身影融入雾霭 在我心中漾起美丽乐章>。音乐从文字中漾起的香气中奏响。他那年轻时代的乐曲,一定也响彻其人生的最终乐章吧。
posted @ 2006-06-23 15:45
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