強い春風の中、久しぶりに東京都心の愛宕山に登った。山とは言っても海抜26メートルというから、10階建てのビルくらいか。それでも江戸時代には、町並みや海を見渡す絶好の眺望の地として知られ、浮世絵に描かれた。
うきよ‐え【浮世絵】
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江戸時代に発達した民衆的な風俗画の一様式。肉筆画も行われたが、特に版画において独自の美をひらいた。桃山時代から江戸初期に流行した肉筆の風俗画
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美人画を母胎とし、
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世紀後半(延宝~元禄)の菱川師宣によって版本挿絵として様式の基礎がつくられ、さらに
1765
年(明和
2
)には鈴木春信により多色刷版画(錦絵)が創始されて、黄金期を迎えた。その主題は遊里や芝居の情景、美女
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役者
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力士などの似顔絵を中心とし、歴史画や風景
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花鳥に及ぶ。作家としては、ほかに、鳥居清信
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西川祐信
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鳥居清長
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喜多川歌麿
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東洲斎写楽
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葛飾北斎
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歌川広重などが名高く、
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世紀後半からヨーロッパの美術へも影響を及ぼした。
强劲的春风中,登上了久违了的位于东京中心的爱岩山。虽说称之为山,但从海拔26米来看,差不多相当于10层高的一座建筑。即使如此,在江户时代,爱岩山就作为远眺街道和大海的绝佳之地而闻名,被绘于浮世画中。
明治期にも、地理学者の志賀重昂が『日本風景論』に眺めの良さを記した。「東京愛宕山に登りて四望す、なほかつ広遠の気象胸中より勃発(ぼつぱつ)するを覚ゆ」(岩波文庫)。今は白梅の咲く、その頂からの眺めは変わった。
明治时期,地理学者志贺重昂也在《日本风景论》中记载了这里的美丽风景。“登上东京爱岩山举目四眺,胸中骤然浮现出宏伟的景象,心中豁然开朗。”(岩波文库)。今日白梅绽放,从山顶眺望的景色已经不同往日了。
周りには数十階建てのビルが林立し、視界はさえぎられている。かなり以前からそうなってはいたが、これからの東京の姿を左右する都知事選を前に、そこで転変を顧みたいと思った。
四周数十层的高楼林立,视野被挡住了。虽然很久以前就是这样了,但是,在即将举行左右东京未来的都知事选举前夕,想在这里回顾一下这些年的变化。
「大体にいへば、今の東京はあまり住み心地のいいところではない」と芥川龍之介が書いたのは大正期だった。東京の変化は激しく「殊にこの頃出来るアメリカ式の大建築は、どこにあるのも見にくいもののみである」(『芥川龍之介全集』岩波書店)。
“大致说来,现在的东京已不是舒适的居住之地了”。芥川龙之介在大正时期曾这样写道。东京的变化急剧“特别是最近盖起来的美式大建筑,无论摆在哪里都只是碍眼的东西。”(《芥川龙之介全集》岩波书店)。
変容は更に続いた。車のために道を広げ、建物の軒を思うさま天に伸ばしてきた。国の人口減や、右肩上がりの時代の終焉(しゅうえん)も指摘される中、多くの街とつながる首都の未来を各陣営はどう描くのか。
城市的容貌还在更进一步的变化。因为车而拓宽了道路,建筑物尽情地直插入云霄。指出国家人口减少,甚至还提到了经济高速增长时代的终结,此时,各阵营是如何描绘连接多条大道的首都的未来的呢?
東京のかなり上空を飛んだ時、さしもの高層ビルも地面にへばりついているように見えた。富士山を背にした東京は浮世絵の時代に戻ったかのようで、この街を支え続けてきた大地や川、海、空の大きさを感じた。そうした自然と、どう手を携えるのか。知事選を、広い視野で東京を眺め、未来を選ぶ機会にしたい。
在东京的高空中飞过时,那些作为地标的高层建筑看起来也只是像紧粘在地面上一样。仿佛又回到了以富士山为背景的东京浮世画时期,感受到一直支撑着这座城市的大地,河流,大海及天空的辽阔。该如何携手那样的自然呢?希望知事选能成为以广阔的视野眺望东京,选择未来的一个机会。
posted on 2007-03-07 11:36
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