【天声人语】
2007年03月07日(水曜日)
強い春風の中、久しぶりに東京都心の愛宕山に登った。山とは言っても海抜26メートルというから、10階建てのビルくらいか。それでも江戸時代には、町並みや海を見渡す絶好の眺望の地として知られ、浮世絵に描かれた。
明治期にも、地理学者の志賀重昂が『日本風景論』に眺めの良さを記した。「東京愛宕山に登りて四望す、なほかつ広遠の気象胸中より勃発(ぼつぱつ)するを覚ゆ」(岩波文庫)。今は白梅の咲く、その頂からの眺めは変わった。
周りには数十階建てのビルが林立し、視界はさえぎられている。かなり以前からそうなってはいたが、これからの東京の姿を左右する都知事選を前に、そこで転変を顧みたいと思った。
「大体にいへば、今の東京はあまり住み心地のいいところではない」と芥川龍之介が書いたのは大正期だった。東京の変化は激しく「殊にこの頃出来るアメリカ式の大建築は、どこにあるのも見にくいもののみである」(『芥川龍之介全集』岩波書店)。
変容は更に続いた。車のために道を広げ、建物の軒を思うさま天に伸ばしてきた。国の人口減や、右肩上がりの時代の終焉(しゅうえん)も指摘される中、多くの街とつながる首都の未来を各陣営はどう描くのか。
東京のかなり上空を飛んだ時、さしもの高層ビルも地面にへばりついているように見えた。富士山を背にした東京は浮世絵の時代に戻ったかのようで、この街を支え続けてきた大地や川、海、空の大きさを感じた。そうした自然と、どう手を携えるのか。知事選を、広い視野で東京を眺め、未来を選ぶ機会にしたい。
时隔很久,在强劲的春风中,我又登上了位于东京市中心的爱宕山。虽说是山,但26米的海拔则跟10层高的大楼差不多。尽管如此,早在江户时代,爱宕山就被作为了望城镇与大海的绝佳观景地而闻名遐迩,并被描绘在浮世绘中。
在明治时期,地理学家志贺重昂也曾在《日本风景论》中写到了在爱宕山上远眺的妙处。“登上东京爱宕山,放眼四周,只感到广阔宏远的气象在心中勃发。如今,白梅开放,从山顶望见的景致已发生了变化。
周围林立着好多座10层高的大楼,视野因此而被遮挡了。虽说在很久以前就变成这样了,但在能影响东京今后形象的都知事选举前,还是想在此回顾下其的转变。
“总的来说,现在的东京并不是一个居住心情很好的地方”,芥川龙之介所描写的是大正时期。东京的变化急剧,“特别是最近出现的美式大建筑,也只是擱在哪儿都碍眼的东西”。
变化越发地在继续着。为了汽车通行而拓宽道路,建筑物的顶端肆无忌惮地伸向天空。在国家人口减少、攀升时代已经结束的指责声中,各个阵营将如何描绘与众多街道相连的首都的未来呢?
在东京高空飞行的时候,仍然可见装饰物般的高楼大厦紧贴着地面。以富士山为背景的东京似乎又回到了浮世绘时代,倍感始终支撑这些街道的大地、河川、大海、天空的辽阔。怎样与这样的自然携手共进呢?希望知事选举能以广阔的视角展望东京,缔造选择未来的契机。
posted @ 2007-03-07 23:51
zjchina6 阅读(400)
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