途中、道ばたの岩にけつまずいたのがいけなかった。すさまじい勢いで頭が地面に激突し、そのまま気を失った。居眠りをしたのと同じことだった。「しばらく修行に出かけてくる。帰ってきてから、あらためて競走をしよう」
「いいぢしょう」と亀。
ウサギは旅に出た。ネズミやリスなどと競走して勝ち、すこしずつ自信をつけていった。さらに犬やシマウマにも勝ち、ついにはトラにむかって、こう申し出た。
「競走をしましょう。私をつかまえることができたら、たべられてあげます」
まさに必死の勝負。べつにトラが気を抜いたわけでもないのだが、流星のごとく突っ走るウサギには追いつけなかった。
旅から帰ったウサギは、亀との競走を再開した。しかし、どうもうまくない。走り始めたとたん、トラから逃げ切った時の誇らしい思い出がよみかえって放心状態におちいったり、旅の疲れが出て眠くなったりする。われにかえった時には、亀はすでにゴールに入っている。修行の成果は、少しもなった。
あきれた友人たちには見放されたが、ウサギの人気が落ちたわけではない。けっこうファンが付いていた。弱者に同情する連中は、亀ににくにくしさを感じ、ウサギを応援した。いつの日かウサギが勝つだろう。その瞬間をこの目で見たいものだと、彼らは見物にくるのだった。
逆に、ウサギはますますくさった。ある時は、やけをおこし、わざと負けてやってるんだという態度で競走した。丘の中腹に来た時、進んでごろりと横になり、亀の追い抜くのにまかせたのだ。それを見てファンは怒り、心からの忠告をした。
「なんです、いまのは。あんなことでは、いけません。あなたは、きっと勝てます。わたしたちが、ついています。勝てる方法があるはずです。あくまでがんばってください」
ウサギは感激し、反省し、心を入れ替えた。まず、科学的な検討にとりかかった。こう連続して負けるのは、丘の中腹になにか障害の原因となるものがあるからかもしれない。それを究明し、対策をたてればいいと考えたのだ。
ウサギは自分でも勉強し、時には専門家に頼み、詳しく調査した。しかし、放射能もなければ、地磁気の異常もない。
毒草もはえていなければ、毒虫もいない。
あるいは、肉体的なことに原因があるのかもしれぬと思い、徹底的な健康診断をした。しかし、心臓も血圧視力も正常、気圧が少しぐらい変化しても影響はないはずだと告げられた。こう判明しても、依然として勝負は同じ。丘の中腹あたりに来ると眠くなり、亀に抜かれる。
となると、精神的なものかもしれない。ウサギは精神分析医を訪れた。最初の医者は、ウサギの悩みを聞いたあげく、もっともらしい口調で言った。「あなたは高所恐怖症です。そのため、丘の頂へ行くのを、無意識にさけようとしているのです」
なるほど、すぐ指摘なさるとは、さすがは先生です。で、なにかご注意を・・・・・・」
「いいですか。高い所へ行かぬようにすれば、決して症状は現れません。おわかりですね。では料金を・・・・・・」
さっぱり要領をえない。べつな分析医を訪れてみると、こう言われた。
「無意識のうちに、悲劇の主人公になりたがっているのです。まず、そんなつまらぬ考えをすてることです」

posted on 2007-09-14 16:02
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