とんでもない。悲劇の主人公になど、だれがなりたがるものか。しかも、これは喜劇ではないか。すこしも事情をわかってくれない。さらにべつな分析医へ行くと、こうえだった。
「丘というものはですな、女性の象徴です。あなたは女性に対し、なにか恐怖を抱いてるのです。いるはずです。いなければならない。どうです、心当たりは・・・・・・」
いかに押し付けられても、ウサギにはなにも思い当たらない。指示に不満なので、次に女性の分析医を訪れた。
「丘の頂というのは、男性の象徴ですわ。あなたは父親に対して、なにか劣等感を持ちなのですわ・・・・・・」
ウサギは分析医について、不振の念を持ち始めた。さまざまなレッテルがはられただけのことで、事態は少しもかわらない。
しかし、父親という言葉から思いつき、ウサギは図書館にかよい、古い記録を調べる作業に熱中した。昔カメに負けたウサギが、自分の先祖なのかもしれないと思ったのだ。亀には絶対に勝てない遺伝因子を持った、宿命の家計ということもある。だが、いかに系図を調べても、そのような事実は発見できなかった。
あるいは、亀かその仲間が陰謀を計画し、走っている自分に催眠術をかけているのかとも考えた。その防止のため、目かくしをして走ったことがあった。その時は眠くはならなkったが、人為的な妨害の証拠はなかった。
こうなると、超自然的な力のためかもしれない。だれかの呪いかもしれない。ウサギ
はあらゆるお祓いをした。自分を清め、自分の家を清め、道を清め、丘を清めた。さらに、護符、マスコット、まじないの品のたぐいを各地から取り寄せて集め、身につけた。しかし、走っている途中でマスコットをなくし、それをさがしているうちに亀に抜かれたりするのだった。どうしても勝てない。
ついにウサギは、神に祈る心境となった。天にまします万物の神にむかって、このあわれなウサギの願いを叶えて下さるようにと祈った。
祈りが終わると、すがすがしかった。さまざまな雑念はすべて消え、からだはいままでになく快調。きょうこそは必ず勝てる。勝つのは、きょう以外にありえないとの予感がした。
スタートとともに、ウサギは走った。丘の中腹も過ぎた。進むのをはばむ透明な壁が消えたようだった。もはや頂上は目前。もちろん、亀ははるかあとだ。ゴールのテープにむかって、身を躍らせる・・・・・・」
見物の連中はざわめいた。
「ウサギのやつ、また丘の中腹で倒れた。しかし、こんどは、様子がおかしい」
近寄って調べると、心臓がとまっていた。二度と目ざめぬ眠りだった。みなは頭をたれ、話しあった。
「ついに一度も、亀に勝てなかったな」
「しかし、なんという、うれしそうな死顔だろう。勝って喜んでいるようだ」
かくして、ウサギの一生は終わった。アニマル・トリビューン紙は、ウサギのために大特集号を発行した。みなは死を悲しみ、丘は<ウサギが丘>と命名され、頂上には教訓的な碑がたてられた。だれがこのウサギを忘れることができよう。永遠にみなの心に住みつづけるのだ。これこそ人生なのだ。
だれひとり<亀が丘>にすべきだなどとは言わなかった。いったい、亀がなにをしたというのだ。なにひとつ面白いことを、してくれなかったではないか。物語にもお話にもならない。
そのうち死にでもすれば、紙面の片隅にのり、ああ、あの時の亀かと、読者がちょっと思い出す程度だろう。しかも、亀はなかなか死なないものなのだ。
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posted on 2007-09-15 09:37
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